テレビ(2)
「後はどんぐりの背比べかな。ああ一人だけ、ごついのがいるわ。ストーン・アフリカ、身長二メーター二十センチ、体重二百五十キロ。
資料には恐ろしくタフだと書いてある。相手に攻撃させて攻め疲れた所で反撃するのが得意らしいわ。そのやり方で北アフリカ代表になったと記されている」
「ふーん、どの位タフなのか対戦するのが楽しみだな。他には?」
金雄にそう聞かれた時、ナンシーは忘れ掛けていた事を思い出した。
「ああ、そうそう言い忘れていたんだけど、明日のクリスマスの夜に、世界格闘技選手権に向けてのテレビの特集番組があるの。
一時間番組なんだけど、午前中にテレビ局からスタッフがやって来てインタビューとか練習の様子とかの撮影に来る様よ。
放映されるのは一人三分程度だと言うんだけど、別に構わないわよね? ただ練習の時に少し注文があって、得意技を一つ披露する事になっているんだけど、どうする?」
「得意技?」
「そう、誰も手の内を見せるとは思わないから、適当でいいと思うんだけど」
「そうだな。しかし凄い所を見せて、他の選手達をビビらせる手もあるぞ。サンドバックの蹴破りなんてどうかな?」
「ええっ! サンドバックを蹴破れるの? ま、まさか……」
古くなったサンドバックなら有り得るが、金雄の言うのは当然新品のサンドバックの事だろう。普通には有り得ない筈である。
「多分、出来るとは思うけど、もしも失敗したら相当格好悪いから止めておこう。無難にレンガの空中割りでも見せておく事にするよ。
一個じゃ普通過ぎるから、二つ投げて、手と足で粉砕して見せればちょっとは面白いんじゃないの? 足で粉砕するのはかなり難しいけどね」
「一個でも凄いけど、二個連続というのは私、今まで見た事が無いわ。空中のレンガを足で破壊するっていうのも、ちょっと見た事がないわね。是非それをやって見せて!」
「分かった。それだったら九十九パーセント成功すると思う。でもレンガは何処で売っているのかな?」
「大丈夫、それは任せて。念の為に二十個位買って置きますから」
ナンシーは改めて金雄の凄さが分かった様な気がした。彼の身が心配であるのと同時に期待感もあって、その晩はなかなか寝付かれなかった。
二人の泊まっているホテルは、サンドシティタワーホテルと言うのだが、長いので単にタワーホテル等と言っている。他にタワーと名のつくホテルは無いのでそれで間に合っている。
定番になっているホテルのバイキング式の朝食を食べさせてくれるのは、一階のサンライズレストランである。今朝はテレビの撮影があるというので、少し早めに朝食を取っていた。
周囲に日本人の客が殆どいないので、なんでも日本語で話せるのは有難い。地下都市の事は未だに極秘扱いなので、大きな声では言えないのだ。
「ちょっと聞くけど、今度の大会では賞金が出るのかな?」
「ええ、勿論ファイトマネーが出るわ。二、三年位前から人気が出て来て、年々ギャラはアップしているんだけど今年は特に凄いわね。
参加するだけで予選リーグは百万ピース。決勝リーグは一千万ピース、幻の強者と対戦する者には一億ピースが与えられるの。もし幻の強者に勝てば、十億ピースがプレゼントされる事になっているわ」
「へーっ! 相当の額になるね。もしかして最後まで行けば十一億一千百万ピースが貰える事になる訳だ」
「そうよ、最後まで勝ち続ければの話だけど」
「そこまで行くかどうかまでは分からないけど、幾らかは貰えるとすれば、あのエレベーターで犠牲になった警備員の家族とかに援助してやりたいんだけどね。
家族はいるのかな? 既に死んでいたとはいえ、気の毒な事をしたからね。もし家族がいたら、お金で済む事ではないと思うけど、それとなく支援したいんだけどね」
「私も知りたいのだけど、今あそこでは厳戒態勢になっていて、殆ど情報が入ってこないのよ。」
「野々宮の件か?」
「そう。相変わらず立て籠もっているらしいけど、詳しい事は何も分からない状態なのよ」
「そうか、何も分からないのか。じゃあ、分かったらの話だけど、その時には教えてくれないか。それと、俺が動けない時には、ナンシーが代わりに支援してくれないか?」
「い、いいけど、金雄さんが動けない時なんて縁起でもないわね。誰かにやられるとでも思っているの?」
「ま、まあ、万一の場合に備えての、念の為にさ」
金雄は少しずつ少しずつ覚悟を決めていた。あの冷酷非情な浜岡が、自分を生かして解放するとは到底思えなくなって来ているのだ。利用するだけ利用して用が済めばバッサリ切る。よくある話である。