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脱出(6)

 余りに離れているせいか、もう壁にぶつかるカランカランという音さえも聞こえなくなった。金雄の目にはエレベーターの屋根がぐんぐん迫って来るのが見える。

 屋根に乗ったままになっている殺害された警備員の遺体も、ナンシーと自分の上着で覆われたままの状態で見えて来た。


『そうだ、遺体の上に落ちれば、衝撃が少し和らぐぞ。何度も何度も踏み付けにして、申し訳ないが、それしか助かる方法が無い。本当に、本当に御免!』

 金雄は申し訳ないと思いつつ、両足で遺体の上に降り立った。予想以上に大きな音がして足がめり込み、内臓が破裂した様だった。

 金雄は見ない様にしたが多分臓器の一部が口や目等から飛び出しただろう。かなり足が痺れたが、お陰で骨折もせずに助かったのだ。


『不味いぞ、今の音は野々宮にも聞こえている筈だ。二人いて音が一つだと怪しむかも知れない。こうなったらぐずぐずしてはいられないな。

 梯子を登っていては間に合わないぞ。第一普通にジャンプしても梯子に届きすらしないし、どうすれば良い? ……一か八か壁を左右に蹴って登ってみよう。オリャーッ! おっ、行ける! かなり疲れるけど梯子の倍以上のスピードで登れる!』


 四回蹴って一回梯子に捕まるやり方が、疲労の度合いが軽減出来て丁度良かった。暫く続けてナンシーの姿が見え、金雄が声を掛けようとする直前に、ナンシーはドアを開けるように英語で叫んだらしい。


 ドアが開き始めるとそれに連動してエレベーターが急上昇を始めた。声を掛ける間も、休む間も無かった。死に物狂いで通路を蹴り上がって脱出した途端、エレベーターは天井の壁に激突したのだ。その衝撃音で気絶してしまったのである。


「金雄さん、大丈夫? なんだかうなされていたみたいだけど。もうそろそろ着陸よ。疲れているのに申し訳ないわね」

「ああ、よく寝たな。オーストラリアに着いたのか?」

「ええ、間も無くサンドシティ空港に着くわ。ここは南半球のラスベガスとも言われている所で、浜岡、せ、先生が中心になって十五年位前から作り始めた街で、要するにギャンブルの街よ」

 冷やりとした。危うく『浜岡』と、呼び捨てにするところだった。何とか誤魔化して話を続ける。


「そこの屋内総合格闘場で今年の世界選手権が行われる事になったの。空港からそこに近いホテルに直行のバスがあるからそれに乗って行くわ。

 直ぐ近くには有料のトレーニングジムもあるし、色々な設備や道具も揃っているから、そこで試合までの調整をすると良いわ。

 でも二、三日はお医者さんの言う様に、出来るだけ安静にしていた方が良いわね。傷を治して万全の態勢で試合に臨んだ方が良いもの」

「ああ、そうするよ。なんだか疲れが抜け切っていない様な気がするからね」


 時差の関係で翌日の正午に二人は空港に降り立った。リムジンバスに乗って豪華な二十階建てのホテルに着き、そこでも部屋の中に幾つかの部屋のある最上階のスイートルームに泊まる事になった。ただムーンシティホテルの場合と違って、中の部屋にロックは付いていなかった。


 金雄は珍しく食欲不振で三日間ほどは殆ど寝てばかりいた。金雄が専ら寝てばかりいる間、ナンシーはネットを使って大会参加者の情報を必死で集めていた。

 今回は前年までとはルールも随分違うし、参加者の顔ぶれも去年までとは大きく異なっていて、戸惑いと不安とを感じた。


「えっ! 最重量級、スーパーヘビー級に、スパルクが出るの? このクラスには元々体重制限が無いのだけど、それにしてもあの、光速のスパルクが……」

 その他にも彼女の知らない人物が何人もいて、何とも不気味だった。


 その同じ頃、浜岡は同じサンドシティではあるが、郊外の自分の別荘で彼の愛人の東郷美千代とベットの中に居た。愛の営みをした後、裸身のまま抱き合いながら彼は美千代の耳元で彼にとって最も重要な事を打ち明け始めた。


「私は、私は、……世界の王になる。世界を支配する王になる。その為に私は悪魔に魂を売った。笑っても良いぞ、美千代」

「笑うなんて。男だったら、野望を持たなくては駄目。貴方が王なら私はさしずめ女王ね。ふふふふ、二人で世界を思うままに操りましょう」

「女王? はははは、なかなか言うじゃないか。さすがは私の見込んだ女だけの事はある。しかし私は幻想を持たない。成功する確率は今の所は多分七十パーセント位だろう。

 ただこの事はまだ極秘にして貰いたい。確率が九十パーセントを超えたと思えたら、私は世界に宣言する。逆らう者には、たとえ一国の元首であっても確実に死が与えられるとね」

 二人は再び情を交わし始めた。時は十二月の下旬を迎えていた。

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