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脱出(5)

「うわーっ! 懐かしい! これが地上の景色なんだよな。遠くに山が見えて、家が沢山あって車が走り回っていて、人が歩いていて、たまに飛行機が飛んでいる。

 木だって本物の木だ。はははは、当り前だよな。はあ、何もかも素晴しいじゃないか! あれ? クリスマスツリーがあるぞ。そうか、もう十二月の中旬だものな」

 金雄は子供の様にはしゃいでいた。反面ナンシーは相変わらず暗い顔をしていた。金雄が生きている筈だと考えていたのにも拘らず、近付いてくる音に恐怖してエレベーターを動かしてしまった自分が許せなかったのだ。


「あの、今お医者さんに連絡したから、一応検診を受けて下さい。何も無ければ退院出来ますから」

「分かった。ナンシー、元気が無いな。ひょっとすると出口のドアを開けて、エレベーターを動かしてしまった事を気に病んでいるんじゃないのか?」

「うん。金雄さんが生きていると思っていたのに、野々宮が来たと思ったら、恐ろしくなって慌ててドアを開けてって叫んでしまった。

 地上にいる人達がドアを開けてくれたのを幸いに、自分だけ逃げちゃったのよ。私、最低だわ。金雄さん、愛想が尽きたでしょう?」

「いや、早めに声を掛ければ良かったんだけど、全力を挙げて登っていたんで、声を掛けるタイミングを失っちゃったんだよ。

 あそこから落ちた時、壁を蹴りながら落ちて行ったら、相当スピードを抑えられて助かったから、ひょっとすれば登れるかも知れないと思ってやってみたら、予想以上に上手く行ったんだ。

 狭いから出来たんだけどね。四歩に一回位ずつ休みながら登って行ったら、上手く登れたんで、その調子でずっと登って行ったんだけど、途中でエレベーターが動き出したから休まずに一気に登って、グッドタイミングで外に出られて、まあ、本当に良かったよ」

 金雄の話しを聞きながら、ナンシーは唇を噛みしめた。一瞬でも遅れれば自分の愛する男は百パーセント死んでいたのだ。


 金雄は半日以上も眠っていて、今は午前九時。ナンシーは朝早く浜岡から連絡があって、その日の正午には飛行機でオーストラリアのほぼ中央にある、砂漠に作られた新興都市サンドシティに向かう指令を受けていたのだ。その指令に対して彼女は初めて少しばかり逆らった。


「エムはまだ眠っているし、余りにも疲れている様なので、せめて次の便にして貰えませんか?」

「残念だが時間が無い。起きなかったら無理にでも起こして連れて行って貰いたい」

「無理に起こしては体調を崩すのではありませんか?」

「私は君の意見は聞いていない。タフな男だ。その位じゃあ参らないよ。頼んだよ!」

 浜岡はやや不機嫌そうに電話を切った。ナンシーは自分の言う事に間違った点は無いと確信している。それで不機嫌になるとすれば、やはり浜岡は悪人以外の何者でもないと考えざるを得なかった。


 しおれているナンシーに気が付いた金雄は、そっと抱きしめた。

「ナンシー、余り気に病まない方がいい。大変な状況だったんだ。誰だってああするよ」

 金雄はナンシーの顔をじっと見つめてから、軽めのキスをした。軽くではあっても初めて金雄が求めたキスだった。ナンシーは申し訳無さそうにそれに応えた。


 ドアがノックされたので二人はやや慌てて離れた。医師と女性の看護師が入って来て、金雄の診察をした。全身いたる所に擦り傷や打撲の痕がある。

 医師の英語の質問を専らナンシーが通訳した。傷口を治療しながら医師は二、三日は安静にした方が良い、出来れば入院した方が良いとも言った。


 職業をプロの格闘家と言ってあるので、激しく動かれては傷口が開くと思ったのだろう。ナンシーは安静にする事を確約して退院の許可を得た。

 二人は病院のレストランで軽めの食事を取って急いで空港に向かった。とにかく時間が無いのだ。搭乗手続きや手荷物の検査などで時間を取られあわただしくオーストラリアに向かった。


 病院で目覚めた時にはかなり元気があったが、それは一時的なものだったようである。機内で金雄は殆ど寝てばかりいた。まだ疲れが抜け切っていないのだ。エレベーターの通路の中での出来事が夢うつつの状態でよみがえった。


 何時の間にか手放してしまっていた、自分に先行して落ちて行く金属製の手摺を見ながら、金雄は必死に助かる方法を考えていた。


『このまま落ちたら死ぬ、くそっ、死んで堪るか! そうだ壁を蹴れば真っ直ぐ落ちるより遥かに良い筈だ!』

 咄嗟とっさに体勢を立て直して、壁を蹴り始めた。右、左、右、左と蹴って行く。強力なジャンプ力が功を奏して、落下のスピードがかなり落ちた。


 それでも、そのままでは骨折は免れない状況だった。手摺はエレベーターと壁の隙間に絶妙に入り込んで、更に下へ下へと落ちて行った。

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