脱出(4)
「金雄さーーーん! 金雄さーーーん!」
ナンシーは絶叫した。金雄は左右の壁にぶつかりながら落ちて行っているらしく、
「バン、バン、バン、バン、……」
と、その音が次第に小さくなりながらずっと聞こえていた。やがてかなり大きく、
「バーーーンッ!」
と、音がしてそれっきり物音は聞こえて来なくなった。最後の音は恐らくエレベーターの屋根に激突した音なのだろう。
「うううっ、金雄さんが死んじゃった!」
ナンシーは泣きながら小さく呟いたが、頭を強く振ってそれを否定した。
「馬、馬鹿な事を言わないでよ、ナンシー! 金雄さんが死ぬなんて、ある筈が無い!」
はっきりと声に出して自分自身を叱った。耳を澄まして何か聞こえてこないか、ジーッと待った。その時外の方が騒がしくなった。
どうやらエレベーターの異変に地上の連中が気が付いたようである。しかしもしドアを開けたらエレベーターは動き出し、その上に乗っている金雄は押し潰されてしまう事になる。
野々宮はそんな様な事を言っていた筈である。リニア式なのでエレベーターの通路の天井には殆ど隙間が無いのだ。
彼女の心配をよそに、ドアの向こうから英語で話し掛けて来た。彼女は自分がナンシーである事や、金雄が下に落ちてしまったこと、ドアを開けるとエレベーターが動き出し押し潰されてしまう恐れがある事、数百メートル下の横穴に自分達を罠に掛けた、野々宮郁夫がいることなどを話した。彼等はドアをこじ開けるのを少し待つと約束した。
『降りてみよう。せめて金雄さんの怪我の状態を把握しないと。大したことが無かったら、むしろエレベーターに乗って一か八かドアを開けて貰って、エレベーターを上に動かして貰おう。かなりのショックはあっても死ぬ事は無いわよね!』
ナンシーは無理にそう結論付けて梯子を降りて行こうとした。その時、エレベーターの通路の下の方から、何かの音が聞こえて来た。
「バン、バン、バン、バン」
何度か音がしたと思うと少し止まる。すぐまた、
「バン、バン、バン、バン」
同様の音が響く。しかもその音はだんだん近くなって来るのだ。
『何だろう? 金雄さん? 大怪我をしているんだからそれは有り得ないわ! ……ひょっとすれば野々宮? そうかも知れない。
で、でも、何故? ……私を殺しに来たのかも知れないわ。そうよ、きっとそうだわ! さっき金雄さんが落ちた音で彼は気が変ったのよ。どうしよう!』
目に見えないものの迫って来る恐怖に、彼女は冷静さを失った。
「アケテ! タスケテ! ノノミヤガクル!」
つい、そう英語で叫んでしまった。早速ドアがこじ開けられ始めた。すると、
「ギューーーン!」
音が、下の方から響いて来て、エレベーターが上がって来たらしい事が分かった。次第にスピードを上げて来る様である。目の前のドアはすっかり開き、せり出しからナンシーは簡単に外に出られた。
「バン、バン、バン、バン」
例の音は直ぐそこまで来た。ナンシーは走って逃げた。既にエレベーターの出入り口は多くの警備員によって固められている。何人もが銃口を向け、万一の場合に備えていた。
ナンシーを追う様にして下から上がって来た男が入り口からポーンと頭から飛び込んで来た。その男が誰なのか、判断しようとした、その直後、下から猛スピードで上がって来たエレベーターが天井に激突した。
「ドオォォォーーーン!!」
物凄い衝撃音で直ぐ近くにいた者の殆どが失神した。何がしかの破片が飛び散って軽い怪我を負った者はあったが、重傷者は無く、その点は不幸中の幸いだった。
「金雄さん!」
ナンシーの声が聞えた。
「ううう、あれ? ナンシー? ここは何処だっけ?」
相当に疲れていたのだろう、少し呻き声を出してから目を覚ました。金雄は病室のベットに寝かされていたのである。
「ご、御免なさい。わ、私、とんでもない事をしてしまった。本当に御免なさい! うっ、うううっ、……」
ナンシーは金雄に付き添っていた様であるが、もう何度も泣いたらしく、目を赤く腫らしている。
「ナンシー、心配を掛けたな。あーっ! 何だか腹が減って来たぞ。ところでここは何処なんだ? 病院みたいだけど」
「ええ、セントラルシティの病院よ。手続きは全て私がやっておきましたから。……でも大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ。セントラルシティ? という事は地上なのか!」
言うが早いか金雄は起き上がって、窓の側に駆け寄った。窓からは外の景色が見える。よく晴れていて遠くまで見渡せた。病室は八階にある個室だった。