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脱出(2)

「よし、ロープを使ってみよう。ありゃ、これは!」

「ロープがどうかしたの?」

「ご丁寧ていねいにいっぱい切れ目が付けてある。ああ、駄目だ直ぐ切れてしまう。使い物にならないぞ。これは明らかに俺たちがこうする事を計算しての事だな。

 それで百万分の一の確率だなんて言ったんだ。畜生、何と言うのか底意地の悪い事をする。……はーっ、だったらその百万分の一の確率に賭けてみるしかないだろうな。しかしゼロではないのだから何か方法がある筈だ。待てよ……」

 金雄はしばし考え込んだ。


「どうするの? 大声で叫んで助けを求めてみれば?」

「いや、そうする事も計算済みだとすると、不味いよ。彼が絶対思いつかない方法でないと。ううむ、申し訳無いんだけど、遺体を使わせて貰う。折り畳んで踏み台にする」

「そ、それはちょっと。私を踏み台にするんじゃ駄目?」

「ナンシーにもそうして貰う。何が何でも生きて地上に戻るんだ。下に降りる方法もあるけど、野々宮の前を通過する事になって、それは不味いだろう」

「そうまでして生きなくちゃいけませんか! 遺体を踏み台にするなんて、そんな事、出来ません!」

 ナンシーは顔をしかめて反対した。


「どうしたんだナンシー、らしくもない。確かに俺だって遺体を踏み台なんかにしたくないよ。しかし今はそれしか方法が無い。いや、思いつかない。普通だったら遺体を踏み台になんかしない。だからこそ野々宮の裏をかけるんだよ。そうだろう?

 ああ、そうだ、エレベーターの天井板も使おう。その上に遺体を載せれば五センチ程度だけど高くなる。えっと、ロープの代わりにズボンを使う。ベルトじゃあ強度が心配だ。ナンシーも脱げ」

「ええっ! 私もズボンを脱ぐんですか?」

「そうだ、二つのズボンを結んで使う」

「は、はい」

 勢いに押されてナンシーはおずおずとズボンを脱いだ。


 金雄は二つのズボンのつま先の方を自分のとナンシーのとを、一旦は絡めて一本のロープの様にしてから、それぞれ結んで固く絞り、ほどけ無い様にした。


 それから胴の部分に、自分のズボンにはナンシーのベルトを、ナンシーのズボンには自分のベルトを巻き付け、ぐるぐるに巻いてぎゅうぎゅうに締めた。

 極太のベルトを巻いて作った両端に重石おもしの付いたロープが出来上がった。ベルトを別々にしたのは重さが釣り合う様に配慮したのである。


 命も危ない様な状況ではあるが、ナンシーは金雄と自分のズボンがしっかりと絡み合わされ結ばれるのを見て、

「うふふふ……」

 陶酔する様な喜びを感じて声に出して笑ったのである。さっきは泣き、今度は笑っているナンシーの姿を見て、金雄は不安を感じた。


『早く安心出来る状況にしないと、ナンシーの精神状態が危ないな。相当参っている』

 金雄がこのような状況にいても落ち着いていられるのは、大樹海の中で何度も修羅場しゅらばを潜り抜けて来ているからだろう。

 実際、野犬に襲われた時の他にも命を落としかけた事は何度もある。バンドの強度が不安だという事も、大樹海の中での経験に基づいている。


 木の枝からバンドを下げておいて、野犬に襲われた時、それに掴まって逃げる練習をしていた事があったのだ。ほんの数回の練習でバンドが切れてしまった事があった。それを覚えていたのでバンドだけをロープとして使う事は止めたのである。


 次に金雄はエレべーターの天井板を右側に置きその上に遺体を運ぼうとした。

「ああ、悪いけど天井板を押えてくれないか、動いてしまいそうだから」

「はい、御免なさい。気が付かなくて」

 ナンシーは遺体をなるべく見ない様に、両手で天井板を押さえながら顔を背けた。


 金雄は何とか遺体を折り畳むようにしたが、さすがにそのまま上がる事には抵抗があった。

「上着を顔の上に掛ければ良い。ナンシー、悪いけど君も上着を脱いで背中からお尻の方に掛けてくれないか。少しは抵抗感がなくなるだろうからね」

 二人はそれぞれ上着を脱いで、折り畳まれた警備員の遺体が直接には見えない様に掛けた。


 金雄は両手を合わせて、しばし遺体に祈りを捧げてから、その上にあがってズボンとバンドで作ったロープを手に持ち、飛び上がって梯子めがけて投げ付けた。

 一番下の梯子の横棒に引っ掛ける積りらしいが、うまく行かずに下に落ちてしまった。エレベーターと壁の隙間から下に落ちてしまわない様に、慌ててそれを拾うと、再度同じ事を繰り返したのである。


 三回目にやっと上手く引っ掛った。一旦エレベーターの屋根に降り立ち、更にもう一度飛び上がって、長く下がっている方を少し押し上げる様にして、ズボン製の極太のロープがほぼ前後均等になるように調節した。ナンシーには金雄が何をしようとしているのかさっぱり分からなかった。

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