反乱(12)
「それだっ! 生の魚を使っているんだよね?」
金雄の反応の良さにナンシーは安堵した。
「勿論よ。毎日地上から送られてくる氷詰めだけど、生の魚を使っているのよ。一部地下で養殖しているものとか冷凍の物もあるらしいけど」
「本格的なお寿司であればそれで良いよ。ところで帰りの準備を整えてから行くか? それとも食べてから準備するか?」
「準備といってもたいした事は無いけど、また戻ってくるのも面倒だし、時間に遅れたりしたら大変だから、支度して出ましょう」
「じゃあ俺は髭剃りとかしておくから、ナンシー、支度が出来たら声を掛けてくれ。化粧とかに時間が掛かるんだろう?」
「別にパーティに行く訳じゃないから、そんなに掛からないわよ。じゃあちょっとだけ待ってて」
女性の場合そのちょっとの支度が長いのである。結局三十分以上待たされてホテルを出たのは午後一時過ぎだった。前にラーメンを食べた、チャーシュー軒の裏手の方にその店はあった。
「ここよ、満月寿司っていうの。如何にもムーンシティらしいネーミングの店よね」
「へえーっ、こんな所にお寿司屋さんがあるとはね。もっとも街の中を歩く事も殆ど無かったからな」
「そうねえ。私だってそう。歩いて調べたんじゃなくて、専らネットで調べたのよ」
「そうか、そうだよな、そんな暇なんか無かったからね。じゃあ入ろうか」
「ええ」
何時の間にか呼吸のピッタリ合っている、二人であった。
「いらっしゃい!」
「いらっしゃいませ!」
店に入ると直ぐにカウンターがある。ずんぐりした感じのいかにも実直そうな店主と、やや不釣合いな感じの若くて綺麗な女将さんとが二人を出迎えた。
カウンターが空いていたし、時間的に余りのんびりも出来ないので、二人並んでそこに座った。奥の方には小上りもある。そこに数人、カウンターにも数人の客がいた。お昼の客の入りとしてはまずまずの方だろう。
「本当はお寿司屋さんに来るのはこれがやっと二回目なんだ。何事も勉強だと言って母さんに一度だけ連れて行って貰ったことがある。それ以来だからもう、十何年か振りになるな」
懐かしそうな目で言った。
「私の家は比較的裕福だったから、五回位は行った事があるわ。小学校の時だけ、だけどね。中学に入ってからは不良になっちゃったからそれ以来ずっと行ってない。久し振りという点では金雄さんと同じ位ね」
「そうだな、じゃあ早速、ええと、中トロお願いします」
「私は、そうねえ、取り敢えず、うにの軍艦巻きでお願いします」
久し振りの新鮮な魚介類に、二人はかなり夢中になって食べた。ちょっとした世間話に花も咲いて、気が付くともう二時半に近い。
「お愛想お願いします」
金雄はお金の管理などは全て任せているので、ナンシーが当然のように言った。
「お二人様で二十万ピースになりますが……」
若い女将さんがちょっと申し訳無さそうに言った。確かにかなり食べたが地上の三倍位の値段である。地上の通貨単位と同じ呼称であるが、ムーンシティ独自の通貨が使われている。しかし通貨価値は地上とほぼ同等に保たれている。
「ムーンシティにしては安いわね」
ナンシーは地下二千メートルなのだから高くて当然だ、と言わんばかりにカードではなく十万ピース札二枚であっさり支払った。
「有難う御座います。またどうぞお願い致します!」
キャッシュの支払いだったので、女将は大そう喜んだようである。ムーンシティではカードでの支払いが多く、現金の支払いは余り多くない。
まして十万ピース札はめったに見ないので、プレミアムが付くという噂があった。店を出てから金雄が不思議そうに聞いた。
「何時もカードなのにどうして今日はキャッシュなんだ?」
「当分ここに戻って来れそうに無いから、記念に使ってみたのよ。それにね、十万ピース札を一度使ってみたかったのよ。金雄さんも見た事無いでしょう?」
「ああ、近くで見たことはあるけど、手に取って見た事は無いね。持ってるか?」
「ふふふ、そう言うだろうと思って、十枚銀行で下しておいたのよ。はいどうぞ」
「ふうん、どれどれ。へえーっ、何ともカラフルで綺麗なものだね。でも何と無く変な感じなのは、肖像画が無いからかな?」
「そうなのよね。表にお月様の絵が、裏に月から見た地球の絵があるだけというのも、何だか殺風景な気がするわね」
「そうだな。しかし実に緻密な絵だね。これって、原版は人が彫った物なんだろう? 写真をそのまま機械的に処理したんじゃないよね?」
少し興味を持って聞いてみた。