反乱(11)
「それにしても随分態度が良いね。驚いたよ」
「前が悪過ぎたのよ。それはそうと今日は三時間遅れで試合が始まるそうよ。さっきの事情聴取がその一環らしいんだけど、ケイン元部長みたいに反乱を引き起こす情報があって、その影響らしいわ」
「えーっ! それじゃあ俺の試合は午前二時近いのか?」
「そうなるわね。何でもこの所休む事が多いので、かなりのクレームがあるから、遅くなっても強行することになったらしいのよ」
「はあーっ、まあ、これが最後だからいいか……」
二人はホテルに戻って仮眠を取ってから試合に臨むことにした。
その日のメーンイベントは、警察の捜査が予想以上に影響して、延期になった午前二時よりも更に遅れ、午前三時に始まった。何時もなら満員なのに余りに遅過ぎて客席はまばらだった。
金雄の相手はタイ系の男で蹴り技が優れていたし、パンチ力も相当のものである。地下格闘会ランキング一位は伊達ではない。唯一の難点は中量級、つまりヘビー級より軽いミドル級である事だろう。
ミドル級では一般にヘビー級の相手に対してはパワー不足で通用しないと言われている。それでも今回の相手、チャンワイプライは相手が普通のヘビー級のチャンピオンクラスなら十分に倒せるだけの技量とパワーを持っている。
しかしランキング二位になった小森金雄はそうは行かない。彼の場合はスーパーヘビー級並み、あるいはそれをも凌ぐパワーがあるのだ。その事を対戦者のチャンワイプライも良く知っていた。
試合開始と同時に猛然と攻めて来た。回し蹴りの連打から、左右のパンチの連打。更に危険な顔面への執拗な肘打ち。
息つく暇も無いほどの猛烈な攻勢にさすがの金雄も防戦一方だった。しかし有効打は一つも無い。かすりはするがそこまでなのだ。
ほぼ三分間攻め続けて、少し息切れしたその瞬間、金雄の強烈なパンチが顔面にヒットし、たった一発でチャンワイプライはバッタリ前に倒れたきり動かなくなった。レフリーは直ぐにタンカを要請した。
世界ヘビー級チャンピオンに匹敵する男を金雄はただ一発のパンチで倒した事になる。観客の数は少なかったが、全員が立ち上がって拍手喝采し、金雄の健闘を讃えた。
敗れたとはいえ、三分間の攻撃は素晴しく、チャンワイプライに対する拍手もまた大きかった。こうして深夜に及んだ金雄の地下都市、ムーンシティでの最後の戦いは終った。
彼の引退を惜しむ声も大きかったが、金雄が引退する事は自身が決めるのではなく浜岡の胸三寸に掛かっている。浜岡の指令は既に出ていたので、異議を唱えるものは勿論一人も居なかった。
すっかり遅くなったてしまったので、その日はとにかくホテルに戻って直ぐ眠りに着いた。
『はあ、少なくとも、地下での戦いは終った。今は眠ろう……』
曲がりなりにも浜岡の命令を実行出来たという安堵感が、金雄を熟睡させた。
「おっはよーっ!、金雄さーん! お昼ですよーっ!」
元気のいい声に金雄は起こされたが、またもやナンシーの顔が直ぐ側にある。昨日よりなお近い。実行はしなかったが、あわよくばキスしようとしていたのかも知れなかった。
「えっ! お昼? ところでナンシーどうしてそこにいるんだ。合鍵でも使ったのか?」
「このドアには鍵が無いんですからね。内側から回すだけなんだから合鍵は無いのよ」
「じゃあどうしてそこにいる? 鍵を壊したのか?」
「まさか、また金雄さんがロックするのを忘れたんでしょう?」
「あれ、そうだったっけ?」
「そうよ」
「変だな、俺は確かに掛けたぞ。壊れているんじゃないのか?」
「じゃあやってみる?」
「ああ、いったんここを出てくれ。鍵を掛けるから」
「分かった、やってみるわ」
ナンシーが部屋の外に出ると、直ぐ金雄はズボンを穿いてから、鍵を掛けた。上着を着ながら外のナンシーに声を掛ける。
「いいぞ、開けてみろよ」
ナンシーが一、二度ドアのノブを回すと、簡単にドアが開いた。
「やっぱり壊れているんだ。昨日もそうだったんだよきっと。ひょっとすると最初から壊れていたんじゃないのか?」
「ああ、そうかも知れないわ。私、昨日までドアのノブを回した事が無かったもの。あああっ、しまった!」
ナンシーは自分がとんでもない事を言ったことに気が付いた。
「えっ、それってなんか引っ掛るぞ。そもそもどうしてドアのノブを回すんだ?」
「ああ、あの、それは、ええと、金雄さんがなかなか起きないから、そのつい回してみただけよ」
「説明になってないぞ。俺がなかなか起きなかった事は一度も無かったと思うがね。……ははは、まあ良いか、そういう事にしておこう。それで今日の試合は無いんだよな? 地上に戻れるのか?」
「はい、今朝九時ごろに浜岡先生から連絡があって午後三時にVIP用のエレベーターで地上に戻れるそうよ。時間厳守、午後三時には必ずエレベーターの前にいること、だそうよ」
「やったな。えっと、それじゃあ昼食を食べてから行けば丁度いい位じゃないのか?」
「ええ、そんな感じになりますわね。それじゃあムーンシティ最後の食事は何処にしましょうか? 本格的なお寿司屋さんを見つけておいたんだけど?」
ナンシーは半分は自信を持って、半分は不安げに言った。