反乱(9)
吉田と名乗る男は一呼吸してから再び話し始めた。
「……この間のポンポコ戦、見事な演技でした。あの戦いに疑問を持った我々の仲間がHD、ハードデスクをスロー再生して分析した結果、貴方は目を傷めている訳でもないのに見事な演技で我々を騙した。違いますか?」
「そ、それは……」
金雄は相手の指摘の正確さに少し慌てた。
「どうやら図星のようですね。しかも最後に偶然を装って倒れ込んでポンポコを失神させた。あれも超スロー再生でやっと分かったのですが、相手の丁度ラバー、肝臓に当る位置に拳を作って置いて倒れ込んだ。
倒れ込む勢いでポンポコのラバーを強打した。見事です。実に見事です。その逆をやればいいのですよ。貴方なら出来る。承知してくれれば前金で十億ピース、成功したら更に十億ピース差し上げます。
勿論貴方の命も保障する。地上にも出して差し上げます。絶対に安全な隠れ家も提供いたしましょう。悪い話ではないでしょう?」
「……もし断ったら」
「ふふふふ、分かっていると思いますが、殺しはしません。何かと差し障りがあるのでね。しかし金輪際地上には戻れませんよ。
ひょっとすると浜岡だのキングだのを恐れているのかも知れませんが、どうという事は無い。堅固な組織と豊富な資金とが我々にはあるのですからね。
ケイン部長は我欲に走ってへまをしましたが、彼に武器や資金を提供したものだと言えば、少しは信用してくれますか。もっとも彼に幾ら聞いても我々の正体は分からないでしょう。そんなにドジでは有りませんからね。
もう一度言いますが、彼等が貴方にたとえ地上行きを確約していたとしても、我々はそれをいとも簡単に阻止出来るのです。
明け方にもう一度電話を差し上げます。どちらが得なのかよく考えて返事をして下さい。一度位負けても貴方だったらどうという事は無いでしょう。二度はお願いしませんから。じゃあまた」
金雄の気持ちは大体ノーに決まっていたが、不思議なのはキングや浜岡に対立する勢力が有るという事だった。
『しかし今の話も多分、浜岡に聞かれているだろう。その事を考えないのか? 切羽詰っているのかも知れない。ケイン部長と関わっているとすれば、彼を使ってムーンシティを支配する積りだったんじゃないのか?
焦っているから危険を承知で電話して来たのではないのか? HDを分析したとすると、客席の中に仲間がいて撮影したのか? しかしそれは難しい。普通の客は座っているからカメラで撮る事は困難だ。
ずっと立っている者がいるとすれば、客席の出入り口にいる警備員だろう。成る程彼等なら可能だ。だけど俺と同じ推理くらい浜岡だったら造作もなくやる筈だ。
……駄目だな。ここで彼らを利用して上手く現状を逃れる方法は無い! まして美穂の命を危険に晒す事になるなんて論外だ!』
ノーの結論は意外に早かったが、地上に出る事を阻止出来るという言葉がかなり気になった。
クラスが上がるにつれて、試合開始時間が遅くなるので、それに合わせて起床時間も遅くなっている。ホテルのバイキングの朝食にはどうせ間に合わないので、午前十時頃起きてからの昼食が朝食代わりになっている。
その感覚からすれば朝六時ごろの電話は極めて不快であるが、今朝は特別である。予告通り明け方、といっても太陽が昇って来る訳ではないが、本来なら熟睡している時間に電話が来た。飛び起きて受話器を取る。
「吉田ですが、決心はつきましたか?」
「残念ですけど、やはり俺は浜岡が怖い。あんたとは面識も全然無いし、いきなり信じろと言われてもとても無理だ。つまり答えはノーです」
「念を押しますよ。全部で二十億ピースですよ。一生遊んで暮らせる額だ。それにおまけと言っては何ですが、美しい女性の生人形もプレゼントいたしますよ。
何でも貴方の言う事を聞いてくれる、十代のピチピチした生人形なんですがねえ。貴方がイエスと言ってくれれば今日中にでもお送りしますよ。悪くない話だと思うのですが」
「あんたは浜岡の恐ろしさを知らない。命が無くなったらお金もヘッタクレも無い。悪いがこれ以上何を言っても無駄だ」
「惜しいですねえ、ここまで譲歩しても駄目ですか。最後にもう一度聞きます。どうしてもノーですか?」
「ああ、絶対にノーだ!」
「そうですか、良く分かりました。じゃあ一生この地下都市で暮らせばいい。さよなら」
それで電話は終った。