反乱(8)
「それは誤解だ。多分運ばれて行く時に小型のロボットブルドーザー、通称小ローザーで運ばれる状態を見てそう言ったのだろうが、人間がタンカで運ぶよりも、上手に素早く運んだ筈だ。
しかしロボットに対する偏見が有って、粗雑に扱った様に感じてしまうものなんだよ。それと今度の場合は反乱を起こしたケイン部長が勝手にやった部分があって、ことさらに酷い事になったようだ。
何度も言っているが、悪い所があったら遠慮なく指摘してくれたまえ。完璧に期待に応えられるという訳には中々行かないが、出来うる限り善処するようにしよう」
「はい、良く分かりました。それで、その他に何か御座いますでしょうか?」
「いや、今夜はそれだけだ」
「……それではお休みなさい」
「ああ、お休み」
浜岡の言葉は淀みが無い。かつてはその言葉を百パーセント信じた。しかし今は違う。何かを誤魔化している様な気がするのだ。
『でも迂闊な事は言えないわ。掘削現場の労働条件の事まで知っているとなると、……とにかく、一応今夜の事は金雄さんに話してみる。……私が本気で金雄さんの事を好きになりかかっている事まで知っているなんて。
だけど妙な事を言っていたわ。裏切り者が出た為に一時エムを見失った、そう言ったわよね。それはどういう事なのかしら? 地上に戻ったらアレを試してみようかしら?』
誰にも知られない様に、ナンシーは心の中だけで話をしてから眠りに着いた。彼女の中に初めて浜岡に対する反逆の気持ちが出現した夜だった。
翌朝の食事時に、浜岡からの電話の件を早速金雄に話してみたが、監視されている事を改めて強く意識せざるを得なくて、思うようには話せなかった。それでも言うだけは言ってみた。
金雄は冷静に反論した。
「確かに事故さえなければ、思ったほどきつくはない。しかしそれは俺だからかも知れないぞ。他の連中はくたくたになっている。
休みの日が無いので十年持つ奴はそれほど多くないんじゃないのか? それに事故の時の扱いは余りに酷い。誰の目にも即死したと分かっていても、普通はその場で死亡の確認位はするだろう?
それに無駄と分かっていても三十分位は蘇生術を施すんじゃないのか。その上、更に酷いのは野沢という男の場合だ」
より厳しい顔になって言った。
「彼の場合はまだ息があった。それを死体の様に片付けた時にはさすがに俺も監督を殴ろうかと思った。しかし監督達の日頃の俺達に対する態度が、とても優しかったんだ。反抗さえしなければね。
それで俺は思い止まった。彼等も上からの命令で止むを得ずやっているんだと思った。実際現場を離れる前に、神田という監督から、あの時によく反抗などせずに思い止まってくれたって、涙を流して感謝されたんで、何もしないのがやはり正解だったな、と思ったよ。何しろ下手をすると彼等ばかりか、彼等の家族までも処刑されるという事だからね」
厳しさの上に苦々しさも加えた表情になった。
「家族も処刑される?」
「そう、俺も多分そんな所じゃないかと思っていたのさ。監視カメラの前では情け容赦なく最下級市民達を支配しているフリをしなくちゃいけないからね」
「うーん、そうなのかな……」
監視が気になってナンシーの態度はやや曖昧だった。しかし心の中では、
『やっぱり浜岡先生のいう事は信用出来ない。金雄さんの方が明らかに正しい。そうだ、これからは、心の中では、浜岡先生ではなく、浜岡と呼び捨てにしよう。……きっと監視の目を逃れる方法を掴んでやる!』
そう固く決意していた。
次の日からのBクラスの戦いはポンポコ戦に比べれば楽なものだった。正統派が大半で、まともにやって金雄に勝てる者は、地下格闘会といえども一人もいない事が次第に見えて来た。
そのBクラスも三戦全勝で通過し更にAクラスも二連勝して、ランキングは第二位。後一つ勝てば地下格闘会を卒業出来る所まで来た日の夜だった。
珍しく金雄の部屋に電話があった。例によって金雄は用心の為に受話器を取っても直ぐには話をしない。ただじっと聞いている。
「私は吉田と言うものだが、小森金雄さんですよね」
初めて聞く声だし、知り合いでもないので金雄は慎重だった。
「何の用ですか?」
「ここまでの快進撃は素晴しいですね。当然明日も勝てると思いますが、負けて貰えませんか?」
「えっ! 言っている意味が分かりませんが?」
「言い難い言葉で言えば、八百長をしろということです。わざと負けるのですよ。ただし明らかな手抜きでは困ります。偶然を装って如何にも自然に負けるのですよ」
信じられないような言葉だった。