反乱(7)
「本当にそうねえ……」
いいムードになって来たのでナンシーは金雄に抱き付いて、キスをして貰おうと思ったが、金雄はスッと体をかわして、
「さて、食べに行くよ」
そう言うと、さっさと廊下に出て行ってしまった。外ならいざ知らず、ホテルの部屋の中ではキスだけでは収まりそうも無い事を金雄は知っていた。まだ彼の心の中心では、小笠原美穂がしっかりと目を光らせていたのである。
その日の遅い夕食を無難(?)にこなし、ムーンシティホテルの二階のスイートルームのそれぞれの部屋で眠った。
金雄は久々に夢を見た。掘削現場のプレハブ住宅では、肉体労働が主だった為か夢を見なかった。いや、正確に言えば夢の記憶が無かったと言うべきだろう。試合はあったものの肉体的な疲労感は余り無く、それで夢の記憶がはっきりしていたのかも知れない。
『いい知らせがあるわよ』
美穂は写真をデスクの上に裏向きに置いた。夢の世界では小笠原美穂は当たり前の様に登場して来る。金雄がその写真を見ると美穂は表を向けて、写真の女性を見せた。
『この人でしょう、貴方のお母さん』
『ああ、ほんとだ。何だ簡単に見付かったな』
現実は何時もこの逆だったのだが、夢の世界では簡単に見付かるのだ。
『会いに行きましょうよ』
『うん』
二人は早速歩いて出かける。しかし美穂はいつの間にかナンシーに摩り替っている。
『あれ? ナンシー、美穂はどうした?』
『うふふふ、美穂さんはもう死んだでしょう? これから墓参りよ。忘れちゃったの?』
『いや、美穂は生きている筈だ!』
『何を言っているのですか。美穂さんはもうとっくに死んでいるし、ナンシーも死んだのさ』
『お、お前は浜岡!』
ナンシーは今度は浜岡に摩り替った。
『ハマオカデハナイ!』
機械的な声が響き浜岡は何時の間にか、頑強なロボットに変身していた。直ぐに金雄に突っ込んで来た。渾身の力を込めて蹴飛ばすと遥か彼方まで飛んで行った。
しかし直ぐ第二、第三のロボットが現れて、次々に襲い掛かって来る。倒しても倒しても次々にロボットは空間からフッと現れる。やがてそこいら中ロボットだらけになって押し潰されかかった所で目が覚めた。
「はーっ! な、何だ夢か。ふーっ! 死ぬかと思った。ナンシーにロボットの話を聞かされたから、夢に見たんだな。それにしてもリアルで嫌な夢だったな……」
金雄は掛け時計を見て時間を確認すると、また直ぐ寝入った。
その同じ夜、ナンシーは浜岡からの電話を受け取っていた。以前は楽しみであった浜岡からの電話が、今では少し苦痛だった。
「ああ、ナンシー夜分に済まないね」
「いいえ。……それで今回はどういうお話でしょうか?」
「なかなか頑張っているじゃないか。色々アクシデントもあって大変なようだな」
「ええ、思いがけない事があって、ちょっと面食らいました。でもそれも片付いたのでほっとしています」
「うむ、ところでエムの愛人になる件は順調なようだな。キスにまで漕ぎ着けたと聞いている。……唯一つだけ警告しておく。
本気で好きになるなよ。本気になってしまうとこれからの任務が辛くなる。内容はまだ言えないが、好きになった者には辛いだろうからね」
「だ、大丈夫です。ただなかなか彼のガードが固くて、最後の一線を越えられません」
「焦る事は無い。まだ時間は十分にある。焦ってしくじったら何にもならないからね」
「はい、気をつけます。……あのう、それで一つお聞きしたい事があるのですが?」
ナンシーは恐々聞いた。
「ひょっとすると掘削現場の労働条件の事か?」
「えっ! どうしてそれを知っておられるんですか?」
「はははは、我々は常に監視していると言ってある筈だ。裏切り者が出た為に一時エムを見失ったが、直ぐに回復した。ところで掘削現場の件だが、確かに他とは違う。
しかしエムに聞いてみるがいい。彼は結構暇があった筈だ。それと十年経てば、自動的に下級市民に格上げになる。しかも高額の退職金付だ。
これはエムには知らされていないかも知れない。他の場所の最下級市民は一生、最下級市民のままなのにも拘らずだ」
「ああ、そうだったのですか、良く分かりました。で、でも死者がごみの様に扱われたと言うのは?」
やはり聞くのは怖い事だったが、遠慮して聞かないと、それはそれで何か不味い気がして、思い切って聞いてみた。