反乱(3)
「それが、彼女の姿は未だに見えないのよ。私達はあの日買い物を済ませて、お昼頃に帰って来たんだけど、貴方は何時まで待っても帰って来なかったし、カランからも何の連絡もなかった。それから大事件があった事を知ったのよ」
「大事件? ああ、ちょっと喉が渇いたな」
金雄はそこで喉の渇きを癒す為に、コップの水を飲み干した。そして、怪しげな寿司を不思議そうに一つ摘んで食べ、それから再びナンシーの言葉に耳を傾けた。
「東の森で火災があったって聞いたわ。ビエンターが焼け死んだという噂や、ウィチカーニが殺されたという噂で持ちきりになった。
もう一人男が殺されたという話もあったし、その犯人が金雄さんらしいという事だったのよ。地下格闘会はまたしても中止になったわ。
選手が一度に何人も死んだり居なくなったりしたから、真相が解明されるまで無期限の延期になったのよ。こんな事は勿論初めての事だったわ」
「うーむ、そういう事になっていたのか。……俺はカランに手紙を貰ったんだ。ウィチカーニが俺に必殺技を教えて貰いたいから、東の森に来て欲しいって書いてあった」
「ウィチカーニがそんな事を言う筈は無いわね。ところでその東の森って何処にあるの? 名前は知っているけど場所は知らないわ」
「えええっ! ナンシーが知らない? ピンクタウンの北にあるんだけど」
「ピンクタウンの北? ピンクタウンなら知っているけど、東の森の名前は事件の後で知ったのよ。……金雄さんピンクタウンを通ったの?」
「う、うん。手紙にはそこを通って東の森に行く様にと書いてあったからね」
金雄はプレイ券の事は話さなかった。余計な誤解を招くと思ったからである。
「ピンクタウンで遊んだの?」
「いや、通過しただけだ」
「怪しいわね。べ、別にいいのよ、遊んでも。……それで、遊んだの?」
ナンシーは結構しつこく食い下がった。そう来るだろうと思って遊ばなかったのだ。
「ナンシーが怖くて遊べなかったんだよ」
「ええっ! 私はそんなに分らず屋じゃあないわよ。男の人がそういう所で遊ぶ事は特別変な事じゃないと思いますからね。でも金雄さんが遊ばなかったって言うんだったら、その言葉を信じるわ。それからどうしたの?」
ナンシーは自分の言っている事の矛盾に全く気が付いていない。しかし納得したのならそれで良いと金雄は思った。
その後起こった事を金雄は詳しくナンシーに伝えた。今度はナンシーの話す番である。
「貴方の居なくなった夜、私は一睡も出来なかった。このまま貴方に会えないんだったら、死んだ方がましだとさえ思った。
次の日にケイン部長が私に重大な話があると言って来たの。金雄さんが、三人の男を殺して、最下級市民として掘削現場に送り込まれた事を私に言った。
それから事もあろうに私にデートの申し込みをしたのよ。結婚を前提に付き合ってくれって。本当に無神経な男だと思ったわ」
「結婚を前提に? あの悪党がか? 正しく無神経の極みだな」
「ええ、でも下手に怒らせない方が良いと思って、返事は保留しておいた。二、三日考えさせてくれって」
「それで?」
「一晩中泣いてたわ。貴方と会う方法をあれこれ考えたんだけど、掘削現場に女は入れないし、どうしようもなくて泣いてばかりいた。
浜岡先生にこっちから連絡出来れば良いんだけど、一方通行なのよ。向こうからこっちに連絡出来ても、こっちからは出来ないシステムになっているのよ」
「それってちょっと酷いんじゃないのか?」
金雄はナンシーに同情した。
「仕方が無いわ。先生はお忙しいから、世界中から連絡が入ったら身が持たないでしょう?」
「うーん、確かにそれはそうだ」
「ところが、間も無くキングから連絡があったのよ。初めての事だった」
「キ、キング!」
「ええ、私はキングだ、って低い声で言われた時にはビックリしたわ。全く予想していなかったんですもの」
「それでキングは何て言ったんだ?」
「調査した結果、悪いのはケイン部長と、地下格闘会の選手の一人の、刈谷功だと分かったから、近いうちに小森金雄は解放される。
ケインと刈谷の二人は逆に掘削現場へ、最下級市民として送られる事になったって、話してくれたの。もう天にも昇る気持ちだったわ。
それから数日して具体的な金雄さんの解放の日時を教えてくれたわ。それはキングじゃなくて、別の係りの人だったけど」
「ケイン部長と刈谷は拘束されたのか?」
「いいえ、素直に拘束には応じなかったのよ」
「えええっ! それで?」
全く想像していなかった出来事に、金雄は仰天した。ケインの反抗めいた言葉を聞いた事はあったが、本気でやるとは夢にも思っていなかったのだ。