反乱(2)
「いや、オール弁当だったのでね。結構美味しかったけど、たまにはちゃんとした器で食べたいよ。陶器とか磁器とかのね。それとやっぱり日本人なのかな、お刺身とか味噌汁とかが恋しくてね。
俺たちの食べたのは日本人向きの弁当だったから、ご飯だったんだけど、おかずは洋風というか、多分おかずは皆共通だったんだろうね。で、注文はなるべく和風がいいね」
「ご、御免なさい。和風料理店にすればよかったわね」
「いや、特に拘らないよ。今日はこってりとフランス料理のフルコースが食べたいけど、ここは軽食屋さんだから無いな。ならば、ステーキとパンで行きますか。それとコーンスープ」
「ああ、読みが外れたわ。金雄さんはホテルに行きたがらないだろうという読みは当たったんだけど、和風の弁当ばかり食べてくるから、洋食に飢えていると思ったのに」
「ふふふ、まだまだ未熟じゃのう。で、ナンシーは何にする?」
「そうねえ、お寿司にするわ。大きな桶で頼むから金雄さんも摘んでいいわよ」
「何と、寿司があるのか?」
「うん、だけど、かなり洋風だから、生魚は使ってないし」
「あははは、じゃあ少し摘むだけにしておくよ」
「それがいいわね。それじゃあ注文するわよ」
「ああ、とにかく頼む。お腹がペコペコだ」
注文した料理が届くと食事をしながらも、二人はかなり真剣に話し合いを始めた。
「今夜の対戦相手の情報を知りたいんだけどね。それと俺のクラスはどうなった?」
「クラスは変らないわよ。今日勝てばBクラスになる事もね。それで対戦相手の事なんだけど、中国人よ。もっとも私の目には白人の様に見えるんだけど。ただとても変った拳法を使うの」
「変った拳法?」
「ええ、笑わないで聞いてよ。彼の武器は手足の他に髪の毛なのよ」
「ええっ! 髪の毛?」
「そう、中国の昔の男の人がした弁髪に似ているんだけど少し違う」
「どう違うんだ?」
「弁髪は普通、頭頂部のやや後ろの辺りの髪だけを伸ばして、他の部分は剃ってしまうのよね。その伸ばした髪を三つ編みたいに細長く一本に編んで、後ろに垂らしているんだけど、彼の場合は頭頂部の少し前の方から伸ばしているのよ。普段は後ろに垂らしているんだけど、その時によって右や左や、顔の前に垂らしている事があるのよ。かなり滑稽な感じになるわね」
「へえ、それで? ちょっと変っているけど、それだけならどうという事はないと思うけど?」
何が問題なのか良く分からなかった。
「ところが髪の毛の先端を団子みたいに大きくして、それを振って相手の目を狙うのよ。しかも彼のその珍妙なスタイルで相手を笑わせて、その隙を突くの。
彼の姿を見て笑ってしまったら負けね。高度な知的戦略だと思うわ。彼は相手を笑わせる為にわざとおどけたりするから、気を付けた方がいいわよ」
金雄は世にも不思議な相手と戦う事になるようである。
「それで名前は?」
金雄はナンシーが名前を言いたがらない様に感じて催促した。
「名前を聞きたい?」
「何か不都合な事でもあるのか?」
「そうじゃ無いんだけど、ちょっと長いのよ」
「まあ、ちょっと長い位なら構わないよ」
「どうしてもというのなら言うけど……」
「はははは、ああ、どうしても聞きたいよ。対戦相手の名前位知らなくてどうするんだ?」
「中国国籍の筈なのに英語で書いてあるみたいなんだけど、でも日本風なふざけた名前の様でもあるのよ。……それじゃあ言うわね。
ええと、ポンポコペコポン・ペンペコポコペン・ペンポンパンポン・ポコペコパコポコ・ペコパコポンパン、と言うのよ」
「あはははは! な、何じゃそりゃ。本名なのか?」
金雄は久し振りに大声で笑った。
「たぶん芸名だと思う。元はお笑い芸人だったらしいわ、三人組の。でも相方二人と激しく口論して、その挙句二人を得意の拳法で殺してしまったのよ。それでここに連れて来られたという訳なの」
「ふーん、物凄く短気なのかな?」
「多分ね。ただ気を付けなければならないのは、元々舞台慣れしている芸人だから観衆を味方に付ける方法を心得ているわ。
彼は相手を良く研究して、その人の国の言葉を使うとデータには書いてあった。日本語で笑いを誘って来るかも知れないわね。
それで前にも言った事があるけど、たとえ勝っても観衆にそっぽを向かれたら、ランクが下げられてしまうから要注意よ」
「ああ、分かった。自分なりに工夫してみるよ。さてビジネスの話はこの位にして、今度の事件について、話し合いたいけどいいか?」
金雄はいよいよ本当に聞きたい事を切り出した。
「はい。私も知りたい事が沢山あるわ。あの日、カランと私が買い物に行っている間、金雄さんが何処で何をしていたのか、良く分からなかったのよ」
「カランはどうした? 彼女が事件の全てを知っている訳では無さそうだけど、多少なりとも事件に関わっている筈だ。今回の事件の主犯が彼氏のビエンターなんだからね」
気に掛っていたカランの事を真っ先に聞いてみた。