反乱(1)
「ああそうですね。いや、それだけ分かれば十分です。どうも有り難う」
金雄はなかなか感じの良い青年だと思ったが、ここにいるということはやはり何か罪を犯したのだろう。しかしそれは聞かない事にした。誰しも自分の嫌な過去には触れられたくないものである。
やがてトラックは懐かしいムーンシティホテルの前に到着した。ホテルの前にはついさっきまで泣いていたらしいナンシーが立って待っていた。金雄は運転手に礼を言ってトラックを降りた。
「金雄さん!」
ひとこと叫んで、ナンシーは駆け寄って来た。そして直ぐに抱き付き、唇を重ね合わせて来た。金雄もこの時ばかりは素直にキスに応じた。
ナンシーもそうだったが金雄も再会が物凄く嬉しかったのだ。暫く会っていなかった恋人同士の様に、激しいキスを延々と続けた。
キスが終ると、ホテルの部屋にこのまま行くのは、ナンシーのラブアタックがあって危険だと感じて、
「ああーっ、腹が減ったな。そろそろお昼だな。言いたい事が山のようにあるから食事をしながら話をしないか?」
と、気分をそらした。金雄の心の中には依然として美穂がどっかりと居座っているのである。
「そう言うと思っていました。たまには別のレストランにしましょうよ」
ナンシーもそこいら辺は良く心得ている。こんな事もあろうかと別の洒落たレストランを見付けて置いたのだ。二人はそのレストランに向かって歩き出した。
歩いている最中に、二人とも切っ掛けさえあれば、深い関係になってしまうであろう事を予感していた。その証拠に二人は初めて手を繋いで歩いたのである。
十五分程歩くと白を基調にした二階建ての建物が見えてきた。その壁に海を想わせる様な青いペンキで、店名がかなり大きくデフォルメしたアルファベットらしき文字で描いてある。
「これは何て読むんだ? 英語じゃないよな?」
英語は良く分からなかったが、それでも漠然と英語でないこと位は分かった。
「ラ・ミーよ、フランス語で海の意味」
「へえ、フランス語なんだ。じゃあフランス料理の店? 海鮮料理とかの」
「はずれ。簡単に言えば軽食喫茶ね。ここのオーナーがフランス人で元船乗りだかららしいわよ。でも軽食といってもかなりの料理も出来るみたいよ。
ただここの良い所はね、高い仕切りがあって他の席からは見え難い様になっているのよ。だから私達みたいなカップルには凄く人気があるみたいよ」
「その線で来たか、へへへっ」
ニヤニヤしながら言った。
「嫌ねえーっ、変な事はしないわよ。先ずちゃんと予約してありますから、そこへ行きましょう」
ナンシーは金雄の手を引きながらどんどん店に入って行く。二階の一番奥の席が予約した席だった。
ウェートレスが注文を取りにではなく、やや大きめの鞄を持ってきて、
「お待たせしました。お預かりしていたものです。それとご注文が決まりましたらベルでお知らせ下さい。では失礼致します」
義務的にそう言うと直ぐに帰って行った。カップルの心情を考えて、早くその場を離れる事になっているらしい。
「これは何だ?」
「先ず事務的なお話からするわね。本当に急で申し訳無いんだけど、今夜から早速試合があるのよ。前の鞄も服とかも刀で突き刺されて穴が開いちゃったから新調したの。
それと新しい道着も下着も入っているわ。私はちょっとトイレに行って来ますから新調した服と勿論下着も取り替えて。私のトイレは早いから直ぐに着替えてね」
「ああ、分かった。三分で取り替えるよ。それより早くは来ないでくれ」
「うふふふっ、どうかしら? じゃあね……」
ナンシーは意味有り気に笑うと、トイレに立った。
もっとも本当にトイレかどうかは定かでないが、金雄は大慌てで着替えをした。下着まで取り替えるのは、場所も狭く面倒だったが、そうしないと後で何か言われそうなので仕方なく取り替えた。ズボンを穿くか穿かないかのうちにナンシーは帰って来た。
「お待たせ。あれ、まだやってるの?」
「おい、まだ三分経ってないだろう?」
「ああ、本当だ、一分早かったわね。でも良いじゃない。熱々のカップルなんだし」
「ふう、危ない危ない。すっぽんぽんだったら何されるか分からないからな」
「もう、何にもしないわよ。ただじっくり鑑賞させて貰うだけよ」
「ははは、それこそ十分に嫌らしいじゃないか」
「さあて、注文は何にします?」
「はぐらかされた気もするけど、まあいいか。しかし久し振りにまともな物が食えるな……」
「食事が酷かったの?」
ナンシーはちょっと心配そうに言った。