死の現場(5)
直ぐに見に行こうとすると、逆にぞろぞろと向こうの方から仕事をしていた連中がやって来た。監督の神田もやって来たので金雄は、
「事故じゃないんですか?」
と聞いてみた。
「発破だ。近いからな、建物の中か後ろの方が安全なんだよ。近いと言ってもそれなりの距離があるから、まあめったに無いが小さい石ころが飛んで来て、怪我をする事があるからね」
神田の説明が終らぬうちにカウントダウンが始まった。スピーカーから聞こえて来たのは録音らしいが、何故だか女性の声である。
「ファイブ、フォー、スリー、ツー、ワン、ファイア!」
ファイア! の声と同時に
「ドォーーーーンッ!」
凄い音と共に煙が立ち込めしばし何も見えなくなったが、間も無くそれも消えて、直ぐローザーの動き回る音が聞こえて来た。
「さあ、作業開始だ!」
監督の声が、日本語の他に英語など他の言語でも聞こえて来る。実にインターナショナルな職場である。ただ事情を知らない新入りの中には慌てて飛び出して来る者もあった。彼等に説明するのも監督の仕事のようで、一人一人に丁寧に教えている。
『状況が楽な訳ではないが、地獄と呼ばれる程ではないな』
金雄はその時はそう思った。それから数日間は特に変った事も無く、徐々に仕事にも慣れ幸吉以外は16時間を少し超える程度で仕事を終え、気持ちにもゆとりが出て来ていた。
同じロボットダンプを使う要員の交替の事も監督に説明を受け、十年間のお勤めも何とかなるのではないかと思った頃の事だった。慣れた頃が一番危ないと言われる通りの事故が起きたのである。
金雄達と同様石拾いをしている、隣のプレハブに住む筋骨たくましいヨーロッパ系の男が、ローザーのバックに気が付かなかった。
「危ない!」
皆叫んだのだが、彼は腕力に任せて重さ五十キロの石を運んでいた。その重量に気を取られてローザーの接近に気が付かなかったのだ。
金雄も幸吉もグルーズも、他の作業員達も見ている目の前でだった。ローザーは情け容赦なく彼を引き潰し、何事も無かったかの様に作業を続けた。男は轢かれた後、全く動かず即死の様に思われた。
するとどうだろう、別の小型のローザーが素早くやって来て、遺体をひょいと載せるとあれよあれよという間に運び去ってしまった。
新入りの連中は暫くは呆然としていたが、やがて怒りを爆発させた。口々に遺体を物の様に片付けた事をなじった。第一ひょっとすればまだ生きていたかも知れないのだ。
「黙れ! これがここの掟だ! 俺達が注意した事を守らずに欲張るからああなる。黙って作業を続けろ!」
グルーズやその他の監督達は同様の事を叫んで鞭を二度、三度と打ち鳴らした。なお食い下がって行く者には情け容赦無く鞭が飛んだ。ベテランの最下級市民達は諦めた表情で冷ややかに見ているだけだった。
鞭の痛さは半端ではない。使い方の上手い者に二度、三度と同じ場所を叩かれると骨にまで達する傷が出来るのだ。徐々に騒ぎは収まったが、何処までも食い下がる男が一人だけいた。野沢幸吉だった。
彼は走って行って、グルーズを捕まえようとした。グルーズは鞭の柄で彼の顔面を突いた。柄は口から喉に突き刺さった。柄の先は初めから尖っていて、いざという時には短い槍として使える様になっていたのだ。
立ったままでもがき苦しむ幸吉の体を手で押えて、グルーズは鞭の柄を引き抜いた。どっと血が溢れ出た。それでもふらふらと何歩か歩いたが、間も無く崩れ落ちる様に倒れ伏した。
するとまた小型のローザーがやって来て虫の息の幸吉をひょいと乗せて運び去った。金雄は怒りに震えながらも結局何も出来なかった。彼は冷静だった。ここで反乱を起こしてもそこまでである事を知っている。
監督達は一人も銃を持っていない。ということは彼等も下っ端なのだ。最下級市民を抑えられなければ、彼等も処分されるし、ここにいる全員が皆殺しにされる恐れさえある。
ここで起こっている事の全ては監視カメラで丸見えなのである。その気になればシャッターを下ろし、酸欠にして皆殺しにする方法もある。十分な準備があるのならいざ知らず、直ぐにはどうあっても無理なのだ。
騒ぎのあった十分間ほどローザーは止められたが、倒れた幸吉が片付けられてから間も無く再び動き出した。渋々ながら新入り達も働き出した。
最も非力な掃除係に血の跡も片付けられると、もう現場は何時もの状況にすっかり戻った。ただ皆が少しだけ感心したのは、いなくなった二人の分は、監督がやった事である。
ノルマを達成出来ない事は監督の責任になるらしいのだ。監督を激しく憎んだ者達も、彼等は決して好き好んで冷酷にしているのではなく、上からの命令でそうしない訳には行かないのだという事を思い知った。
アクシデントはあったがそれでも十時間程で金雄はノルマを達成し、部屋で横になっていた。しかし今日はさすがに眠れない。