死の現場(1)
「仕方が無い。その音の方に行ってみるか。しかしもし監視されているのなら、こんな時には助けに来るんじゃないのか? それは虫の良すぎる話なのかな?」
金雄もちょっと弱気になって呟いた。道に迷うと大変だという予感が当たってしまったのだから。
「それにしてもまだ何も見えて来ないな」
微かな機械音を頼りに既に一時間程歩いている。漸く音も大きくなり森も終わりそうになって来た時である。周囲を取り囲まれている様な気がした。前方の少し離れた木の陰から、のそりと現れたのはケイン警察部長とその部下達だった。
「へっへっへ。刈谷さんの勘も大したもんだねえ。ここで網を張っていれば必ず現れると言っていたんだが、半信半疑だった。見事に的中したな。小森さん、待っておりましたよ」
背が大きくでっぷり太ったケイン部長が、小ずるそうな笑顔を浮かべて金雄を見下した様に言った。
「な、何の事ですか。俺は道に迷って、ここに辿り着いただけなんですが?」
「能書きは警察署で聞かせて貰う。小森金雄、お前をウィチカーニ、ガナッシュ及びビエンター殺害容疑で逮捕する。オイ、ワッパを掛けろ!」
「そ、そんな。お、俺は罠に掛けられただけで……」
金雄は仕方無しに手錠を掛けられた。銃を構えたニ十数人もの警察官にすっかり囲まれていては、如何に俊敏な金雄といえども助かる確率は殆ど無い。
「今度こそは逃れられんぞ。俺のナンシーちゃんが近頃冷たくてな。皆お前のせいだ。お前がナンシーちゃんをたぶらかしたのに違いない。
しかし俺は寛容な男だ。殺しはしない。今日一日は豚箱に入って貰うが、明日からはめでたく最下級市民様だ。お前の職場は明日からはほれ、あそこになるんだ」
ケインは森の向こうを指さした。まだ距離はかなりあるが巨大な円形刃のついた掘削機がずらりと並んで轟音と共に稼動している。微かに聞こえていた機械音の正体はこれだったのだ。
少し歩くと警察車両が十数台もあった。全部電気自動車である。してみるとガソリン車の類は見た事が無い。タクシーでさえもそうだったのだ。何故なのかはその時の金雄にははっきりとは分からなかった。また聞ける様な雰囲気ではない。
金雄は今度こそ重罪人として乱暴に扱われた。連行中に股間に蹴りを入れようとした警察官もいた。しかし金雄は相手の足を両膝で強力に挟み込んで、激痛を与えた。
と、言うよりも骨を折ってしまったのである。二メートルを軽く超えるジャンプ力を持つ金雄の脚力は、それほどまでに凄まじかったのだ。
金雄を良く知らない警察官の内の何人かは、つい調子に乗って犯人をいたぶるという、何時もの度の過ぎた悪ふざけの積りだったのだろうが、思い掛けない反撃に皆震え上がってしまった。
骨を折られた警官の叫び声はケイン部長にも聞こえていた筈だが、
『ふふふふ、たっぷりとお灸を据えられている様だな……』
そう思ってほくそえんでいた。大捕り物があった時には、何時も容疑者に部下の警官達が暴行を加えている事を承知していたのだ。
勿論、自分は素知らぬ振りである。万一、事が発覚した場合には何も知らなかった事にするというずる賢い計算があった。
その後、激痛にのた打って歩けない仲間を、他の何人かの警察官が肩を貸すなどして、遅れてパトカーまで連れて行った。
ケイン部長は先頭を歩いていて、二台のパトカーがかなり遅れていることには全く気が付かなかった。手錠を掛け、腰紐で縛っている容疑者が警官に怪我をさせる事など、普通はあり得ない事だからでもある。
もし怪我をしたとなれば、それはその警官の落ち度になる。そしてその様な落ち度は、最下級市民と見なされる事になるのだ。
それこそが彼等が最も恐れている事であった。最下級市民の大半が働く掘削現場は、別名『死の現場』と言われる程、生きて帰れる確率の低い所なのである。
遅れていたパトカーもスピードを上げて追い付き、一応は無事に警察署に全員戻って来た。怪我をした警官は密かに病院に連れて行かれたようである。
早速ケイン部長の有無を言わせない取調べが始まった。金雄は多少頑張ってはみたが、無駄だと知って言われるままに自供した。全くの嘘ではあったが、どうにもならなかった。
ナンシーには勿論のこと、他の誰にも会わせて貰えず、留置場に一晩留められた。翌朝、弁護士も付けられないまま、わずか三十分の即決裁判で最下級市民の称号を与えられ、その場から直ちに掘削現場に送られた。
どんな罪なのかは知らないが現場行きのトラックには彼以外にも大勢の男達が乗っていた。皆身分証だけは持っていたが、他は全て没収されて、現金も何も無かった。
『これでどうやって暮らして行くのだろう?』
そう思うのが普通だろう。全ては向こうに行けば分かる、と聞かされていたが何が何だかさっぱり分らなかった。その他にも幾多の疑問がある。
『どうにも解せないな。俺を監視している筈の浜岡はどうしたんだ? 何故何もしないんだろう? ひょっとして監視していなかったのでは? 良く分からないな……』
金雄の身分証には刀の傷が付いている。ガナッシュとの戦いの時の傷である。現場行きのトラックに乗せられる直前に返して貰った。
「傷は付いてるが、機能に問題は無い。……なあに、ほんの十年働けば、下級市民として帰ってこれるのさ。人を三人も殺したのにだぞ。有難いと思いな」
ケイン部長は生き残れる確率が極めて低い事を知りながら、恩着せがましい言い方をした。だがそれだけではなかったのである。