制裁(20)
「な、何だって!」
ガナッシュの顔色が変わった。しかし直ぐに鼻で笑った。
「ふふん、この期に及んで……。仮にそれが本当だとしても、ここいら辺りは徹底的に調査した。万一の事を考えてね、盗聴器も盗撮機も全く無かった。
これは刈谷君のお世話になった。メカの専門家が言うんだ、間違いあるまい。それに森の外からは木が邪魔になって、双眼鏡を使っても見えないし、電波や音響探知機でも森が深くてやっぱり使い物にならない。
ここにあんたを誘ったのはその意味もあるのさ。ただ一つだけ誤算があった。折角のプレイ券を使わなかったことだ。
色々と都合があってね、余り早く事が運んでは拙いんだよ。ふふふ、アリバイ作りの関係でね。それでのんびりとお話して来た訳さ。しかしそろそろ良い頃合だ。ぼちぼち行きますよ」
ガナッシュはそこまで言うとマントを広げた。マントの内側に中位の長さの刀が左右に二本仕込んであった。それを素早く抜き取ると、マントを脱ぎ捨てて左手の刀を前に、右手の刀を上段に構えた。
まさしく二刀流である。宮本武蔵と違いがあるとすれば、二本とも同じ長さの中刀であることだろう。隙のない鉄壁の構えだった。
金雄はその構えからガナッシュが剣の達人である事を知った。真剣白刃取りを金雄は心得ていたが、二刀流には通用しない。
一本を受け止めても同時にもう一本がやって来る。しかもガナッシュの刀は、飛び道具としても使われそうである。通常の剣道の大会では中々二刀流は勝てないが、それは竹刀だからでもある。
真剣であれば恐らくは二刀流が天下を制するであろう。何しろ一本を飛び道具として使えるのだから。ガナッシュの不満はその辺りにあったようである。
まともでは勝てないと即座に判断し、不本意ではあったが、持っていた鞄を投付けて、その鞄と同時に動いた。いや、その投付けた鞄よりも金雄の動きは速かった。
ガナッシュは左の刀で鞄を串刺しにして右の刀で襲って来るであろう金雄を切ろうとしたが、振り下ろすよりも早く金雄の左の拳が、彼の左の頬を捕らえ歯が四、五本折れた。それでもガナッシュは、体をねじって金雄に一太刀浴びせようとした。
金雄はその刀をかわしながら後ろに回り込んで、左足のかかとで彼の後頭部を下から蹴り上げた。既に歯が折られてやっと立っていたガナッシュは、口から血ヘドを噴出してどっと前に倒れた。
ほぼ即死だった。それこそ一切手加減など出来る状況ではなかった。生か死か、二つに一つのぎりぎりの状態で、ガナッシュの命を助けよう等と考えていたら、金雄の方が死んでいただろう。
しかしまだ少なくとも、あと二人いる筈である。周囲の状況を窺いながら、金雄は椅子に座ったまま縛られているウィチカーニの側に、彼を助けようとじりじりと寄って行った。
急いで寄って行くとどんな罠があるか知れないからである。案の定だった。かなり速いテンポで忍者などが使う十字手裏剣が、ウィチカーニの右後方から次々に飛んで来た。
手裏剣自体の威力は大した事は無いのだが、大抵猛毒が塗ってある。遂にウィチカーニに何本かが刺さって、彼はもがき苦しみ始めた。
明らかに毒による中毒症状だった。そうなれば、ここは逃げるしかない。金雄は手裏剣の届かない所へ逃れた。木の陰に隠れながらジグザグに走った。森の中のジグザグ走行のトレーニングがこんな所で大いに役に立った。
『十字手裏剣はビエンターだな。追って来ているぞ。何とか後ろに回り込めないだろうか』
しかしそれは金雄が甘かった。金雄はこの森が初めてだが、ビエンターは良く知っているのだ。気が付くと一本道の様な所に追い込まれていた。
道の中央を外れた所には罠が沢山仕掛けてあった。彼にとっては馴染のある動物捕獲用の強力なばねを使った罠である。
どれ程の強者でも足の骨が砕ける代物だ。追っ手を逃れる為には真っ直ぐ進むしかないのだが、その先に立っている人物を見て金雄は度肝を抜かれた。
若く美しい女性が、ドーム型の大きなほぼ純白のスカートを穿いて、微笑みながらこちらを見ているのである。西洋の貴婦人然としているのだ。
その女性は少しずつ金雄の方に近付いて来ている。その遥か後方に、腕組みをしてニヤニヤ笑っている男がいた。
『あの男が刈谷だろう。……とすれば、これはロ、ロボット!』
余りに見事な作りなので見破れなかったのだが刈谷の存在で、ロボットである事がやっと分かった。刈谷を倒そうと思えば女性型のロボットの横を通るしかない。
しかしスカートが大きく、それに触れない様にすると罠に掛かる。どうしてもスカートの一部を踏むしか通り抜けられないのだ。残された道は飛び越すこと位だがそれも不安だった。
『あのスカートに絶対何かある! 飛び越すとしても腕が動きそうだぞ。どうする?』
考えているうちにビエンターに追付かれてしまった。