制裁(19)
「ああ、単にあんたを殺すのが目的じゃあないんだ。言わばプライドを賭けた戦いでもある。こっちが死に物狂いでやっている時に、あんたは手加減をしているんだからね。
馬鹿馬鹿しくてやっていられない位だ。そこで俺達は、あんたに死の制裁を加えることにした。プライドを賭けた戦いである以上、一対一の正式の決闘で無ければ意味が無い。
そこでくじ引きにしたんだが、彼はどうしても自分の手で制裁を加えたかった様だ。それで今日の日を待たずにあんたに襲い掛かったんだと思う。こうと思ったら、前後の見境の無くなる男でね、暴走してしまったんだよ」
「うーん、そういう事があったんだ。……しかしそうするとフランシスはどうなるんだ。彼がシャパールに指示したとばかりに思っていたのに」
「ふふふふ、彼も仲間の一人だったんだがね、あんたとシャパールの試合を見て怖じ気付いてしまってね。裏切りそうだったんで、薬で眠らせて殴り殺させて貰ったよ。
彼は、素手でも得物を使ってもあんたに勝てそうも無かったからね。カランに気があってね。彼女が勧めた睡眠薬入りのコーヒーを美味しそうに飲んで、ウィチカーニ同様良く眠ってくれたんだよ」
「じゃあキングが関与したというのは?」
「勿論、俺と刈谷とビエンターと、それぞれの愛人達とで流した、偽りの噂さ。キングの名前さえ出せば、直ぐに事件が有耶無耶になるんでね。
ついでに言っておくと俺の女は看護師でね。ぴんぴんしていたシャパールに薬を盛って殺してくれたんだよ。なんとも有能で可愛い私の助手だ。はははは、彼女無しでは今度の事もうまく行かなかっただろうね」
冷酷そうなガナッシュの顔が一瞬だけほころんだ。
「カランとビエンターも仲間だったのか。それと刈谷というのは?」
「正確に言っておこう。カランはビエンターの命令で動いてはいるが事件については殆ど知らないだろうよ。愛した男に一途な女でね、その為に我が子を虐待死させた位だからね」
「そうか、……ビエンターはあんたの仲間なんだな?」
「と言うよりも彼が今度の事件のお膳立てをしたのさ。こういう込み入った仕掛けは、元詐欺師の彼にしか出来ないよ」
「くどい様だがもう一人、刈谷と言うのは?」
自分以外にも日本人らしい名前があったので、興味を持って再度聞いてみた。
「ふむ、メカに強い日本の男でね。独自の方法であんたを倒すと言っていたが詳細は知らない。知る必要も無い。あんたは俺の手に掛かって死ぬのだからね。
ビエンターもどうするのか詳しくは知らない。彼も中々の日本通で、忍びの者がどうのこうのと言っていたが特に興味は無いね。
ほれ、あそこにウィチカーニが縛られたまま、何とも気持ち良さそうに眠っているぞ。まあ、もう少し強い男だったら、対決してみようとも思ったんだが、弱過ぎて対象外だった」
ガナッシュの指した方向にウィチカーニが椅子に座らされたまま両手両足を縛られていた。鼾さえ掻いて、確かに良く眠っている。
「どうしてこんな事をするんだ。俺を殺せばそれで済む事だろう?」
「はははは、鈍いですねえ金雄さん。私があんたを殺したのではなく、彼があんたを殺した事にするのですよ」
金雄はビエンターの仕掛けた罠にすっかりはまり込んでいる事に、その時になってやっと気が付いたのである。
「この東の森は割合新しくてね。どうだい、小鳥のさえずりや、風がさわさわと森の中を通り抜けていく音が聞こえるだろう?」
「ああ、確かに。下も床ではなくて地面に草が生えている感じだ。木の生え方も適度にばらつきがあって、本当の森みたいだな」
「ウィチカーニのいる所だけが少し広くなっている。決闘に相応しい場所だと思わないか?」
「ここで決闘するということか?」
「ふふふっ、逃げたければ逃げても良いぞ。そうすれば、今度はあんたがウィチカーニを殺した事になる。勿論ビエンターの考えた策略だ。
あんたを憎んでいそうなケイン部長は我々の言うことを真に受けて、あんたを死刑にするだろう。どっちにしてもあんたは助からない。どっちにする?」
「俺は逃げないが、決闘の前に一つ、二つ聞いても良いか?」
「心残りがあっては浮かばれまい。何なりとどうぞ」
「ケイン部長が絶妙のタイミングで今朝ナンシーに電話をくれた。彼も仲間なのか?」
「いや、ナンシー狂いのケインと言えば有名でね、朝九時にホテルの事務室に電話すれば彼女と話が出来ると伝えておいたのさ。
あんたとナンシーのキスの件もね。それと、ナンシーとカランは親しいから、あんたの情報も色々と我々は掴んでいるんだよ。あんたがエムと呼ばれている、とんでもなく強い男だということもね」
「分かった。それじゃあ最後に一つだけ。俺が浜岡と言う男に常に監視されていることは知っているか?」
駄目元で聞いてみた。