制裁(17)
ピンクタウンの入り口には門があり開放されているのだが、十数人の男達が、出入りする大勢の客を簡単にチェックしていた。
客の大半は男だが一割ほど女もいる。その女性客をチェックする為なのか入り口でチェックしている者の中に中年の女性も一人いた。
金雄が入ろうとすると三十代半ばのがっしりした体格の男が呼び止めた。最初に英語で言って、通じないと分かると日本語で話し掛けて来た。
「お兄さん、ここは初めてかい?」
「ああ、そうだけど、何か?」
「初めての人の場合は、身分証をチェックさせて貰いたいんだがね」
「ああ、良いですよ。どうぞ」
金雄は道着に着替える時に、鞄に身分証を入れていたので、そこから出して見せた。紅一点の女性が持っていた機器にそれを差し込んで金雄の顔と比べてみる。他に何人かの男達も一緒にそれを見る。
納得したのか、
「どうぞ、お通り下さい」
そう言いながら、あっさりと身分証を返して門を通してくれた。
中に入ると地図の通りに真っ直ぐな幅十メートル位の道があって、両側にショーウィンドーの様な構えを持つ館がずらりと並んでいる。
その中ではマネキンではなく生身の何人かの若い女性が、様々な衣装で淫らなポーズを取っている。時々男もいる。その毒々しい刺激はかえって金雄の興味を失わせた。
大抵の連中は目移りがしてなかなか決められない様である。そこで客引きがものを言う。濃い化粧をした女達が半ば強引に店の中に引き摺り込んでしまうのだ。
気の毒なのは奥の方の店である。二百メートルも続く歓楽街では歩いている内に、客が引き抜かれてしまって、一番奥までは殆ど来ない。
そこで奥の店ではより過激なサービスで客を呼んでいる。金雄は激しい客引きの攻勢を逃れて、何とか北の出口の近くまでやって来た。しかしその付近の看板には思わず眉をひそめた。
「貴方の奴隷になりたい、か。こっちは、何でも言う事を聞きます。貴方の好きにして下さい、か。趣旨は同じだな。
最初の方の店では淫らなコメントが並んでいたけど、奴隷という言葉は殆ど無かった。ここいら辺りは奴隷だらけだ。これのどこがユートピアなんだ!」
金雄は怒りすら感じて北の門から抜け出ようとした。
しかし、そこにも数人の男と、一人の女がいて、今度は女が何ヶ国語かで話し掛けて来た。金雄が日本語に反応すると、その中年の女は奇麗な日本語で金雄に言った。
「ちょっと見てたんですけどねえ、どこでも遊ばなかったんじゃないんですか?」
穏やかな口調だが、言葉の何処かに棘がある。
「通過するだけじゃあ駄目なんですか?」
「そういう決まりになっているんでね。ここを通過する時には、必ず遊ぶ事と決まっているんだよ」
口調は穏やかなのに、目つきは鋭い。金雄は困った。しかし一応言うだけは言ってみる事にした。要するにお金を使えば文句はあるまい。
「えーと、ここにプレイ券があるんだけど、それを渡せば良いんじゃないのか?」
「あたし等を舐めるんじゃないよ。ここで遊ぶという事は、少し汚れることさ。金で女を買うんだからね。何なら男を買ったって良いんだよ。
ここに来た以上、汚れずに生きては出られないのさ。……さあ、どっちを選ぶ? 死ぬか、それとも汚れるか、二つに一つだ」
地上では有り得ない選択である。遊ぶ事は簡単だがナンシーの悲鳴が聞こえて来そうだった。美穂にも勿論軽蔑されるに違いない。
それよりも何よりも遊ぼうが遊ぶまいが自分の勝手である筈。遊びたくないのに遊べというのは理不尽そのものである。
『仕方が無い!』
金雄は強行突破することにした。
「汚れるのも、死ぬのも嫌だね。ここを通らせて貰う」
「何だって! おい! 畳んでしまいな!」
中年の女は、男達に命令を下した。そして直ぐに応援をケータイで頼んだ。更に門を閉めるスイッチを入れた。しかしどうしたのだろう。
自分が命令を下した三人の男達は既に悶絶していて、自分に逆らったその若い男は門の外にいる。あっけに取られているうちに若い男はどんどん東の森の方に走って行ってしまった。
応援に駆け付けた七、八人の若い衆も暫し呆然と見ている。そのうちの一人が、
「あいつが最近地上で話題になっている、エムとか言う男じゃないのか。何でもキングに匹敵する位強いと聞いてるぞ!」
情報通のその男が、キングの名前を出した途端、しゅん、となってしまった。
『キングに匹敵する!』
そう思っただけで誰も金雄を追い駆けようと言う者は無かった。