制裁(14)
「ああ、悪い、悪い。また追い詰めちゃったな、はははは、あ、余り気にしないでくれよ」
「いいえ、金雄さんの言う事は正しいと思う。ただユートピア計画は始まったばかりなのよ。段々に整備されて行くと私は思っているわ」
「それなら、まあ良いんだけどね……」
互いに相手に気を使いながら、概ね良好な夕食だった。また少し二人の気持ちは接近した様である。
「しかし、あの時はカランの事が気になって言わなかったけど、チャーシュー軒のチャーシューは本当に美味しかった。またそのうちに行ってみたいな。ナンシーの味噌ラーメンはどうだった」
「美味しかったわよ。誰かさんと一緒に食べたラーメンの味は格別だったわ。ここだと向き合って座っているけど、あそこだとカウンターだから隣に座るのよね。
カランがいなければもっとべたべた出来たのにね。ちょっと残念。今度は大盛ラーメンを一つ頼んで二人で一緒に食べない?」
「いや、その、それはまた次の次の次の回にしておこう」
「次の次の次ね。じゃあ明日から毎日行きましょう。三日でその日が来るわ」
「いや、そ、それはその言葉の綾で……」
「ふふふふ、冗談よ。でも可愛いわね、金雄さんて。こんな事を真に受けて慌てるなんて。それでいてリングの上では鬼の様に強いんですから、ちょっと不思議だわ」
「はははは、いやーっ、暑いね今日は。締めくくりにビールにしないか?」
「賛成! あのう、ビール特大ジョッキで二つお願いします!」
ナンシーは金雄が言うが早いか直ぐビールを注文した。どうも二人で赤ワインひと瓶では物足りなかった様である。
さほど混んでいなかったせいかビールの特大ジョッキは直ぐ来た。これではアルコールの量としては、昨日と大して違わないどころか、むしろかなり多い。
金雄の気分では小ジョッキか、せいぜい中ジョッキの積りだったのだが、ナンシーの注文が余りにも早くて言う間が無かったのだ。
「ナ、ナンシー、そんなに飲んで大丈夫か? 俺もお前もお酒は余り強くないんだからな」
「大丈夫よ。暗証番号は覚えているでしょう?」
「ああ、謂れが分かったから覚え易かったよ。二人の身長を並べて179185だよね」
「それなら安心だわ。ふふふふ、行くわよ!」
ナンシーはかなりの量を一度に飲んだ。
「ふーっ、美味しい! こんなにイイ女が直ぐ側にいるのに何にもしてくれないから、ビールでも飲んで憂さを晴らすしかないのよね」
アルコールが効いて来たのか、少し言葉が大胆である。このままにして置くと何を言い出すのか分からないので、金雄は早く切り上げる事にして、自分もかなりの量を一気に飲んだ。しかし彼もそれほどアルコールに強くはない。
「俺には美穂という人質、あ、いや、彼女がいるんだぞ。幾ら好きでも、手を出せる訳が無いじゃないか!」
金雄もかなり大胆な事を言った。ナンシーはまたかなりの量のビールを飲んで喋った。
「やっぱり私の事が好きなんだ。私も金雄さんをラブしてるのよ。二人はすっかりラブラブじゃないの。ラブラブなカップルはエッチするものよ。何が何でもするの! 矢でも鉄砲でも持って来い、よ!」
金雄は必死で残りのビールを飲み干して、何とかナンシーの暴走を食い止めようと思った。しかし彼もすっかり酔ってしまった。
「ナンシー、お前は綺麗だ。本当に美人だ。だから俺だってエッチしたい。しかし俺がエッチするのは美穂だけだ。諦めろ。他に彼氏を作れ。お前に惚れている男なら山の様にいる。
その中にはイイ男も沢山いるぞ、多分。さあ、残りのビールを飲み干せ。一気にいけ一気に。大した量じゃない。どうしても飲めないんだったら俺が飲んでやる」
金雄はそう言うと、ナンシーのジョッキを奪い取ってビールを飲もうとした。少しでもナンシーのビールの量を減らそうという気持ちが、酔っていた為に殊更に強くなってしまった様である。
「私が飲むからいいわよ!」
ジョッキを奪われない様にして飲み始めたが、既にお腹が一杯らしくて、中々進まなかった。どうしてもこれ以上ビールを飲ませたくなかった金雄は、ナンシーの側まで歩いて行って一緒に強引にビールを飲みだした。
ナンシーの頬に自分の頬がピッタリくっついていたが、気にするでもなく一緒にかなり零しながら、間も無く飲み干した。唇と唇も接し、気が付くと何時の間にかキスをしていた。
「ひっ!」
体に電気が走り、金雄は慌ててその場を離れた。ナンシーはうっとりしている。
「い、今のは、その、間、間違いだからな。み、美穂と勘違いしたんだからな」
金雄は、必死で言い訳をした。ナンシーは微笑むだけで何も言わない。その日はそこまででそれ以上の事は何も無かったが、二人の関係はもうぎりぎりのところまで来ている。