大道ロボット屋(2)
ゴングが鳴るとさっきまで人形の様に突っ立っていたホワイト号は突然猛スピードで動き出した。逃げる為ではない、京太の横へ横へと回り込み、いきなりパンチを打って来て京太の左の頬を捕らえた。
「バンッ!」
観衆は初めてロボットが人間を殴る瞬間を見た。これもまた歴史的瞬間である。ロボットの両手には大き目のグラブが装着してあって極端にダメージが掛り過ぎない様に配慮してある。しかしパワーはさすがロボット、京太の頭は大きく揺れたのだった。
「ウワーーーーッ!」
観衆のボルテージは上がり、人にあるいはロボットに声援を送った。熱狂する観衆は観衆を呼び寄せ、気が付くと観衆の数は十倍以上に膨れ上がっていた。
ロボットの一発は京太の目を覚ました。京太は一発を貰うまでは本気になっていなかった。彼は以前通常のロボットと対戦した事があり、その時は殴るポーズだけだった。今回も本気では殴ってこないと思っていたのだ。
目覚めた彼は猛然とホワイト号に攻撃を仕掛けた。しかしホワイト号の動きは素早い。彼のパンチもキックもことごとくかわされた。
「バン、バン、バン!」
ホワイト号は京太の横腹に三連発のパンチを浴びせた。
「うううっ!」
京太はうめき、ダウンした。ホワイト号はダウンをちゃんと理解していて、攻撃を止めて待機の姿勢を取っている。
「ワン、ツー、スリー」
リング下の美穂はマイクを使ってカウントを数えた。
「フォー、ファイブ、シックス、セブン、……ファイト!」
カウントセブンで京太は立ち上がった。京太の形相はもの凄いものになった。死に物狂いになってホワイト号に戦いを挑んで行ったのである。
今度は横に回り込まれない様に細心の注意を払って攻撃した。ホワイト号は身動きが取れなくなったが、それでも京太の攻撃を的確に防御して行く。
京太が少し疲れて攻撃の手が緩むと今度はホワイト号が攻撃を始める。それを京太は的確に防御する。何度かその様な事が繰り返されたが、
「カーーン!」
三分が過ぎて結局、京太は勝てなかった。それでも観衆は京太の健闘を称えて万雷の拍手を送った。少なくとも彼は負けなかったのである。人類初のロボット対人間の本格的な戦いは引き分けだった。
「残念だったねえ、もう少しだったのに。もうちょっと強くなってからもう一度挑戦してみない?」
「やってやる、必ず、必ず勝ってみせる!」
美穂の営業は大成功だった。その噂を聞きつけた他の大道ロボット屋も彼女の真似をして成功を収めた。ロボット格闘技屋は第二の黄金期を迎えたのである。
ロボットが人間を殴る事は非合法だったが黙認された。多くの政治家がロボットと人間の格闘を支持し、合法化に向かって法整備に動きつつあったからである。それほどまでに一般大衆の圧倒的人気があった。
小笠原美穂は営業的に大成功を収めて高い収入を得た為、ガタの来ていた中古のトラックを新車に買い替える事が出来た。
彼女の自宅は今はこのボックスタイプの中型トラックであるが、もっとお金を貯めて年中温暖で風光明媚な南国島に自宅を持つのが夢である。
その夢に向かって順風満帆にスタートを切った様に思えたのだが、そうそう良い事ばかりは続かなかった。人相の悪い三人の男が、その日の営業を終えた後に近寄って来た。観客が帰って行った直後である。
「おい、ねえちゃん、俺達にもやらせてくれないか。直ぐ終るからよ」
三人の内のリーダーらしい男が話し掛けて来た。
「す、済みませんけど、もう今日は終りなんです。あ、明日にでもお願いします」
「すぐ済むって言ってるだろうが! それとも俺達が勝った事にして一人一万ピースずつくれるとでも言うのか。へへっ、まあそれでも良いんだがなあ」
「そ、そんな。じゃ、じゃあやる事にするよ」
「最初っからそう言えば良いんだよ。断っておくが俺たちゃ三人で一人前だ。だから三対一で戦っても良いだろう? 二千ピースを受け取りな」
「じょ、冗談じゃないよ。一対一以外はお断りだよ。か、帰ってくれませんか!」
美穂は言葉を荒げた。いざとなったらロボットのホワイト号と予備のゴールド号に支援して貰う積りだった。
「へへへ、ロボットに助けて貰う積りだろうがそうはいかないんだよ。こっちへ来な!」
子分らしい二人が美穂の両脇を抱えて、自分達の乗って来たワゴン車に連れ込もうとした時である。ワゴン車の前に一人の青年が立ちはだかった。
「その人の手を離して貰えないか」
穏やかな口調である。
「邪魔だ! どけ!」
リーダー格の男が叫ぶと同時にナイフを取り出した。その一瞬、目にも止らぬスピードの回し蹴りが彼の顔面を捕らえた。
男は数メートル吹っ飛んで地面に叩きつけられた。しかも次の瞬間には美穂を押えていた二人の男達の顎の骨が砕かれていた。三人とも激痛にのた打ち回ったのだった。