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まどろみ  作者: 中島 遼
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長谷川4

「はじめまして、高津と言います」

 相手はにっこりと笑った。

「まあまあ、まずは中に。落ち着いてからの自己紹介でいいよ」

 通された部屋は広い座敷だった。

「普段はここ、書道教室なの」

「へえ」

 少し悩んだが、座布団に正座ではなくあぐらをかく。

 そうさせる和やかさがここにはあった。

「私が長谷川といいます。高津君のことは神尾さんから聞いてます、うちの神社によくお参りしてくれてるんだよね」

「あ、いえ、それほどでも」

 長谷川は湯冷ましに入れていた湯を急須に注ぎ、二人に茶を出した。

「どうぞ」

 乾いた喉にそれを流し込むと、さっきまでの緊張がようやく薄れていく。

(……アドレナリン、出しまくりだったものな)

「あの、つまらないものですが」

 差し出したブドウに相手は大業に手を挙げた。

「そんなことしてくれなくてもいいのに。な、神尾さん」

 萌は赤くなった。

「ごめんなさい、あたし、手土産なんて持ってきたことないよね」

「その方がいい、気を遣わずにいつでも遊びに来て欲しいからね」

 盆の上に載せられていた干菓子ときんとんの皿が二人の前に置かれた。

「で、早速だけど、聞きたいことがあるって?」

 高津は頷く。

「椎名さんをご存じですか? 北町の豪農の方なんですが」

「もちろんだよ、八百年以上前からうちの氏子だ。正直、うちが成り立っているのは椎名さんのお陰とも言える」

 長谷川は笑った。

「だから、北町の神社の宮司には、忘年会のたびに絡まれる。なんでお前んとこなんだ、譲れよってさ」

 宮司の忘年会というのは、突っ込めばそれなりに面白そうだったが、今はそれにかまけている場合ではない。

「古い家なんですね」

「北の椎名、西の桐原、南東の榊って言ってね、かつてはこの辺りの三名主だった」

 長谷川は頷く。

「それぞれ特徴があって、桐原は堤防の監督や土工を指揮し、また、鍛冶や紙すきなどの工芸品も産出していた。椎名は酒造りと医業、特に薬師として名をはせ、殿様に薬を献上してた」

「……薬?」

「椎名の薬はよく効くってね。かなり藩からも手厚く保護されていたと聞くよ。毒薬から良薬まで幅広く見識があったので、お城にも頻繁に出入りしていたそうだ」

 萌が目を見開いた。

「毒?」

「昔は暗殺目的に漢方薬なんかを使ったからその相談に乗ったり、逆に解毒で呼ばれたりという話が残っている」

 長谷川は目を細めた。

「その薬の調合やそういった知識は秘匿され、長幼のことわりを無視しても、その中の一番できる子に一子相伝で継がせた。子供に素質がない時は、養子を取ってでもその知識を大事にしたと伝えられている」

「……養子」

 高津が呟くと、長谷川は軽く頷く。

「素質のある者を見つけたら、実の息子を廃嫡してでも継がせたというからすさまじいよ。これと目をつけた子がいたら、どんな手段を使っても手に入れて家を継がせたそうだ」

 高津の肝は冷えた。

「で、でも、江戸時代とかは、血縁じゃないと継げなかったんですよね?」

「あそこは女系なんだ、しかも美人家系。椎名に眼をかけられると綺麗な嫁さんと財産がついてくるってんで、優秀な次男、三男はこぞって奉公に行ったらしい。だからある意味、断れなかったじゃなく、断らなかったって事もあるよ」

「でも、それだったら、どんな手を使っても、なんて言い方しないですよね?」

「まあね」

 長谷川は眼鏡のセンターを指で挙げた。

「たまに儒教かぶれ……いや、親孝行な男の子なんかで断りを入れるケースもあったそうなんだが、親族に圧力をかけたり、美人の娘に色仕掛けで迫らせたりとか様々な手段を講じた、ってうちのじいさんが昔言ってたのを聞いたことがある。でもま、レアだよ、そんなの。椎名の養子なんて、本人も家族も大喜びだ」

 萌が微かに首を傾けた。

「確か詩織さんのおうちも女系だって川上さんが言ってたような」

「ああ、その通りだ。だけど男はどうしても嫁さんの見栄え重視だから、養子行くなら一に椎名、二に桐原、三に榊と言われて……」

 突然、長谷川はしまったという顔をした。

「あ、いや、詩織ちゃんがどうのというつもりはないんだ、あくまで椎名がすこぶる美人揃いだって言いたかっただけで」

「もちろんわかってます」

 萌は中途半端に頷いた。

 長谷川は間を持たせるためか、二煎目だからいいよね、などと言いながらポットの湯を急須に入れる。

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