封印の守り2
萌は首を一つ振る。
「ねえ、そんなことより、前に川上さんが言ってた、蛇の話の追加って何?」
ことさら直前の話を気にしないかのように萌は振る舞う。
「ああ、その話ね」
割と簡単に川上は話題を変えた。
「例の子供を贄に蛇を埋める話とは別に、大蛇にまつわる話がまだいくつかあって」
川上は切ったジャガイモをボールに入れた。
「特に面白いと思ったのは、萌ちゃんが気にしてる姫の話」
「え!」
単に話を変えるための話題だったが、萌は我知らず興奮する。
「ほら、姫の話ってあんまり伝承ないだろ? その少ない中にその単語があるってだけで何かあるんじゃないかって勘ぐっちまう」
メモを見ながら小麦粉を量っていた伊東が目を輝かせた。
「どんな事が書いてあったんです?」
「いや、さほどの事はないんだ。たくさん倒した敵の中に、そう言えば蛇もいたなって」
「姫も大蛇と戦ったんだ」
「大蛇を鎮め、封印の守りに就かさんって言葉なんだ。それからすると、戦ったと言うよりは大人しくさせたって感じだな。鬼の場合は、狩るが使われていたし」
「封印の守りに就かさん?」
何故か気になる言葉だ。
「暴れ蛇が姫に頼まれたか脅されたかで、仕事に就いたって感じかな」
伊東が微かに顔を険しくさせる。
「ということは、蛇がいなくなると封印が解かれるとか?」
「まあ、そうなる。封印ってのが何かはわからないが」
川上は、伊東が量った粉や塩を大きいボウルに入れ、オリーブオイルや水と一緒にこね始めた。
「で、もう一つの話もそれにちょこっと関連する。大分後世になってから、蛇が時々村に出没して、村人を食ったという話だ」
「子供の話とどう違うんだろ」
「あの話の前座かな。蛇が出てきて見境なしだから、契約を結んで一年に一度、人身御供を差し出す約束をするまでの話だ」
「それと姫はどういう関係?」
「本当のところは村人全員食べたいとこだけど、亡き姫に遠慮して一年に一度、一人でいいと蛇が言うんだ」
萌は目を見開く。
「……蛇、喋るんだ」
「驚くとこはそこ?」
言いながら川上はパンをこねるように生地を丸めた。
「興味があるならまたノートを探しておいてやるよ。思い出してこないだその辺りをかき分けたけど、出てこなかったんで」
「お願いします」
言いつつ萌は考え込んだ。
この間の蛇は、人語を解するほど知的には見えなかった。
(所詮、お伽噺の類いだし)
大きな蛇が本当にいたとして、一人を餌にして他の人間は逃げるというのはありそうな話である。
それに小理屈をつけたのなら、そんな感じに仕上がるようにも思えた。
(じゃあ、封印って?)
伝承が少なく、活躍したことしかわからない姫とその息子。
いや、息子の方など、本当に活躍したかどうかも謎だ。
そのわずかな名残はそのままパズルのワンピース。
(だけど)
千ほどもあるはずのピースのうち、手元にあるのはわずかに数個というレベルだ。
何もわからないに等しい。
「また、それに関連する話があったら教えてください」
萌と同様のことを考えたのか、伊東がラップで包んだ生地を冷蔵庫に入れながら言った。
「ああ……そうだ、櫂、そう言えば、大木ってまだいるのか?」
「え?」
「卒業したって話は聞かないから、在籍してるんじゃないかって……」
「ああ、大木先輩の事ですか」
伊東は萌を見た。
「古文書研究会の先輩で、大学院の人なんだけど」
「そいつが蛇オタクで」
「え!」
「いや、正確に言えば、各地の蛇の伝承を集めてたんだ。それで確か、俺もこの町の蛇や蛙の伝説のコピーを渡したような気がする」
「本当ですか! じゃあ、聞いてみます」
「その方が、俺がノートを掘り出すよりも早いかもな」
「情報、ありがとうございますっ!」
伊東が言うので萌も一緒に頭を下げると、川上はこちらを見て、にやりと笑う。
「でも、萌ちゃんはほどほどにな。やり過ぎると二浪になるから」
「うっ」
自業自得なので何も言えない。
「今日だって、どうせここで油売ってるなんて親には言ってないだろ?」
「はあ、まあ」
「でも、気分転換てのも必要だからな。伊東が働いている間だったら、ノートに目を通していいぞ」
彼はあごをしゃくって、いつもは花瓶の乗っている台の上を示した。
「そこに紙袋があるだろ、その中に今日の分のノートが入ってるから」
「あ、ありがとうございます!」
萌は慌てて手を洗い、そして宝の山に向かって歩んだ。