北の椎名1
北町でも有数の旧家出身の椎名、という男について、どうやって調べようかとこのところずっと話し込んでいた高津と萌だったが、
「それがね、案外簡単にわかったの」
電話の向こうで高津の驚いた声がする。
「どうやったのさ」
「川上さんがそういうの、ものすごく詳しくて」
この町の桐原家に匹敵するほど、椎名家は北町でも古い一族の一つだと川上は言った。
北町の田畑の三割は椎名のものと言われるほどの土地持ちで、パートを雇い入れて地場野菜や米を作っている他、養鶏場や牧場も経営しているという。
「椎名は三家あるんだけど、そのうちの一つ、北の椎名って言われる家が今度こそ、この代で潰れると噂されてるらしいの。おじいさんが一人暮らしで、子供もいないからって」
「それがあの人?」
「多分。年格好がそっくりだし」
川上はその老人に伝承を聞きに行ったことがあったので、よく覚えていた。
しかし人の良さそうなその男は、ただにこにこ笑って昔話は秘密話じゃと言い、ほとんど何も語らなかったという。
「でさ、話を戻すけど、今度こそ潰れる、ってどういう意味さ?」
電話の向こうで高津が怪訝そうに聞いた。
「最北の椎名は養子の椎名って言われてて、何でか節目、節目でいつも養子を取ってきたらしいの」
「まあ、男がいなくて親戚の次男坊をもらうってのは、昔はあったらしいけどね」
「それが、親戚を養子にしたためしはないんだって。全然関係ない人を血縁と偽ってでも、こだわりの人を養子にしたので有名だそうよ」
「それって今はともかく、江戸時代とかはいいの? お家断絶みたいなことになるって思ってた」
「武家じゃなければ大目に見てもらえるんじゃないかな? 多分、跡継ぎのいないお寿司屋さんが腕の良い弟子に店を継がせるみたいな感じで」
「ほんとに?」
とは言え、二人にとってはそんなことはどうでもいい。
問題は、その老人が高津曰く、リソカリトらしいということだった。
「どうする?」
高津が聞く。
「乗り込んで、首根っこを押さえるのが肝要よ」
そう言うと、電話口で高津のうなり声が聞こえた。
「麻薬を暴力団に売るリソカリトだよ? 細川ばりに悪い奴じゃん」
「そうだね」
「だったら正攻法は無理だ。もっと調べてからでないと」
「……何を、どうやって?」
「え、それは、その……」
高津は黙り込んだ。
この会話はこれで二度目だ。
結局の所、これ以上、何を調べていいのかすらわからない。
「やるべきことは、麻薬の根絶。それ一つだから」
「でも、力のあるリソカリトだと思う。危険だよ」
「じゃ、どうするつもり?」
「様子を見るんだ」
「そんなことしてるうちに、また麻薬中毒者が増えるよ」
それが萌にとっては一番嫌なことだった。
「それに、この間の暴力団が椎名家に押し入って、おじいさんを脅したり、拉致したりしたら? ますます接触するのが難しくなると思う」
「それはそうだけど」
「だから、何でそんなことをしたのかをとっとと聞き出そうよ。様子を見るって言っても、元がどうだかわからないのに、何が変わったかをどうやって調べるっていうの?」
今回は珍しく萌が高津に弁論で打ち勝ち、二人は老人の家に日曜日に行くことになった。
「アポなしでいいのかな」
待ち合わせた駅でも、まだ高津はぐずぐず言っていた。
「すねに傷持つ身なんだから、手土産なしでも通してくれると思う」
「萌は色んな意味でポジティブだよね」
学校でも予備校でも、萌をポジティブと言う人間はいないので、高津の言葉を少し不思議に思う。
ある意味、彼の前だけは自分が自分らしくあるのかもしれない。
「どうしてもそうしたいんなら、駅デパでお土産買っていく?」
半ば冗談で言ったのだが、高津は頷いた。
「それぐらいはしたほうがいいように思う」
討ち入り時に、吉良上野介にまんじゅうを持っていくような違和感はあったが、萌は素直に頷いて駅前のデパートに向かった。
「何がいいかな」
「うちのおじいちゃんはお菓子よりは果物を喜ぶな」
「じゃ、ぶどうにしよっか」
種のない巨峰を一つ買い、二人は停留所に向かう。
そしてバスを二つ乗り換えた後、徒歩で十分ほど歩くと椎名の家に着いた。
大きな柿の木を両側に携えた門は閉まっている。
生け垣はあるが、人が通り抜けられるような隙間はいくらでもあるので、防犯の用には使用されていないようだ。
門の向こうは普通に土の地面があり、数十メートル先に鶏小屋や納屋があった。
そして、そのさらに奥には平屋の昔ながらの農家、というような瓦葺きの屋根が見える。
「お留守かな」
呼び鈴を押しても誰も出ないので、二人は顔を見合わせる。
「しばらく待たせてもらうしかないよね」
幸い、門には小さな屋根があったので、二人は日陰に座り込んだ。




