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まどろみ  作者: 中島 遼
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倉庫2

 突然、倉庫の中に気配が出現したのを感じて高津は驚く。

 そうして萌の手を握る。

「おやおや」

 男の……それも年取った老人の声がした。

 倉庫の中央部。ここから距離にして二十メートルほどか。

 中央部の空間とは言え、パレットとパレットの隙間、積まれた荷物の傍らに出現したので、西側に陣取る男達からも中央やや北よりに立っていた男達からも死角の位置だ。

「今夜はギャラリーが多いのお」

 びっくりしたように萌も高津の手を握り返す。

 がたがたという音がして、北に立っていた男二人がやや南に向かって移動した。

「いつもの事ですが、どうやって、そしていつの間に入ってこられているんです? また見張りが出し抜かれましたね」

「随分前からおったよ。待ちくたびれるぐらいにな」

 男達の気配がそのまま老人の側まで動き、二メートルの距離を保ったまま静止した。

 ちょうど、段ボールの隙間から覗ける位置だ。

(……まさか)

 老人は小さいが、背筋がしゃんと伸びている。

 頭は禿げていて、白い口ひげが生えている。

 表情まではわからないが、雰囲気は優しそうに見えた。

 しかし、最も気になるのは、老人が突然現れたという事実。

 気配を消していたのか、それとも瞬間移動したのか。いずれにしても思いは一つ。

(まさか、この人もリソカリト……)

「とりあえず、今日の分じゃ」

 老人が手に持ったスーパーの袋を微かに振った。

 袋は中くらいの大きさで、見たところリンゴが二つ入っているかのようにしか見えない。

(……あ)

 後ろで萌が身じろぎしたので、高津はそっと場所を代わった。

「常々思っていたんですが、もう少し量を増やしてもらうわけにはいきませんかね」

「これぐらいしか一度に用意できん」

「あと、できればぼちぼち隣町とかあるいは都市部で流したいんですが」

「それは当初の約束通り、駄目だ」

 軽くやくざの男は笑った。

「警察が最近、目を光らせてましてな。なかなか薬をさばけんのです」

「さばけないなら、量を増やす必要はなかろうて」

「エリアが狭すぎる。この町以外で流通させれば、もっともっと儲かる」

「金儲けのためにやってるわけじゃないんでね」

「そう言わずに、とりあえずここに用意したものを見て下さい」

 タクマらしい男が少し動いた。

 トランクを開ける音と、萌が息をのむ音が聞こえる。

 高津は我慢できずに萌の頭の上に頭をのせて、隙間から覗いた。

(うわあ……)

 テレビドラマで見るような札束がトランクからあふれんばかりに見えている。

(いくらぐらいあるんだろ)

 ドラマではトランク一つで一億だか二億だかって言ってたが……

「これでも興味がない、と?」

「ない」

 麻薬の取引をしているのだから、悪い奴には違いないだろうが、きっぱり言った老人が何となく格好良く見える。

「それでは仕方ない」

 男がパンと手を叩くと、西側に隠れていた男達が出てきた。

「椎名さん、苦労したよ、あんたの名前や住所を調べるのにね」

 微かに老人の顔がしかめられる。

「今、ここで大人しくその薬の流通ルートや買っている相手を教えれば、あんたの近所に迷惑をかけたり、家が火事になったりすることはない」

 くつくつと男は笑った。

「北町でも有数の旧家出身のあんたが、麻薬の売買に手を染めてるなんてことがばれたら親戚も大変だろうなあ」

 老人は肩をすくめる。

「取引、不成立じゃな。なら、わしは他を当たる」

「生きてここを出られると思ってるのか?」

 男の太い眉が上がった。

「情報を教えない場合は、ここを出ることができるのは死体だけよ」

 男達が老人を囲む。

「さ、おいぼれ。今までは下手に出てやったが、あんたが何者かを知ってしまえばこっちのもんだ。そろそろ泣いて這いつくばって許しを請え。そうしたら少しは手加減してやらんでもないぞ」

 老人はにたりと笑った。

「這いつくばるのはお前達だ」

 言うや否や、老人は手に持った袋を床にぶちまける。

 そうしてポケットから瓶を取り出すとその上に振りまき、そしてしゃがむと同時にライターで火をつけ飛び退った。

「な、なにを!」

 ぼおっと粉が燃え上がる。

 飛びかかろうとした男達は、煙にむせ、そしてそのままぼおっとした顔で膝を床についた。

 数歩下がっていた老人は再び笑いを顔に浮かべ、そしてどうしてかこちらを見る。

「消火せんでもすぐに火は消える。それより、煙がそちらに行く前にさっさと逃げるがいい」

 途端、その姿は煙の中に溶け込んだ。

(……いや)

 気配も消えた。

 つまりは……

「圭ちゃん!」

 切羽詰まった萌の声に我に返った高津は、彼女の手を握る。

 そして瞬間移動した。

「……一体」

 高津はがくりと膝を地面についた。

「圭ちゃんっ!」

 萌が彼の肩を揺する。

「大丈夫、いつものことだから」

 麻薬の煙はまだこちらには来ていなかった。

 これはただのテレポテーション疲れだ。

「……あ、」

 顔を上げると自宅のマンション前だ。

「立てる?」

「何とか」

 萌に迷惑はかけられないので、側にあった植え込みのブロックに手をかけて、とにかくそこに座った。

 言いたいことは一杯あったが、その前に気を失いそうだ。

「萌はタクシー呼んで、ここから帰れ」

「でも」

「家の人が心配するといけないだろ?」

「黙って出てきてるから大丈夫」

 高津は萌の手をそっと振り払った。

「ややこしくなるリスクは避けたい」

 声がかすれる。

「……わかった」

 どうせここは高津の家の前も同然だ。

 途中でぶっ倒れても何とかなると萌は考えたのだろう。

 事前に調べていたタクシー会社に電話し、そして萌は高津の肩に手をかける。

「タクシー来るまで十分ほどかかるらしいから、圭ちゃんをドアの前まで送るよ」

「休ませてくれ、ここで」

 萌は何か言いかけたが言葉を飲み込んだ。

 そうして横に座る。

「あのおじいさん、どうなったかな」

 どうもなってはいない。そう言おうとしたが声が出ない。

(……詳しいことは明日話そう)

 彼も今日の出来事については頭の整理が必要だ。

 高津自身、まだ信じられないことだった。

 テレポテーションできる人間が自分以外にいるなどということは。


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