見舞2
「こんばんは」
ベッドに座って、鏡を見ながら眉の毛を抜いていた木鳥は驚いた顔をし、そして次に嬉しそうに手を叩いた。
「ありがとう、来てくれたのね」
「……あの、これ。良かったら食べて」
差し出した箱を見もせずに木鳥は萌の手を握った。
「お礼言いたかったの」
「あの」
萌はベッドサイドに行って、小声でささやいた。
「お、男の人をぶちかました、なんて言いふらさないでね。あれ、偶然だから」
言うと同時に恥ずかしくなる。
「暗かったのが幸いしただけで、ほんとはそんなに強くないし、そもそもそんなのばれたら女子としてどうかって話になるし……」
「村山さん、素敵ね」
展開についていけずに、萌は木鳥を見つめた。
「は?」
「伊東君から聞いたわ。神尾さん、村山さんと親しいんですって」
思わず萌は首を横にぶんぶんと振る。
「し、し、し、親しくなんて全然ないし、ほんと、赤の他人と同然ぐらいで、ほんと、親しくなんて、そんな」
「うそ」
「嘘じゃないよ」
今となっては。
「確かに嫌いじゃないけど、何を話したらいいのかも全然わかんないし、会うのも怖いし」
「そうなの?」
不思議そうに言われて仕方なく頷く。
「なんだ、そうだったんだ」
木鳥は髪をかき上げた。
「村山さんの好きなものとか、色々聞きたかったのに」
萌は唖然として相手を見る。
「……あの、やくざの男はもういいの?」
電車の中で、泣いたり笑ったりしながら聞いたタクマの話は何だったのだ?
「当たり前じゃない。あんな男とは比べものにならないでしょ?」
「そりゃ、そうだけど」
何となく不可解ではあったが、本人が割り切ってるならそれが一番だと萌は心に言い聞かせる。
「薬、いらないんだ、村山さん見てると」
「……は?」
「村山さんが来てくれると、薬、欲しいって気持ちがなくなる。私にとっては村山さんが薬なの」
「は、はあ」
「信じてないのね」
「い、いえ、そのようなことは……」
木鳥は不意にじっと萌を見つめる。
「私だけじゃないの。他のみんなも言ってるのよ」
「他のみんなって?」
相手は微かに首を巡らせる。
「この病院に私以外にも入院してる子がいて、同じ薬の中毒らしいんだけど、みんな村山さん見ると薬飲んだみたいに幸せになるって」
「同じ薬の中毒……」
萌は顔をしかめる。
木鳥だけではないのだ。
「その子たちも、あの暴力団の関係?」
「みたいね。あんまりみんな喋りたがらないけど」
「……ふうん」
萌は握られっぱなしだった手をそっと離す。
「元気そうで安心した。もう、面会時間過ぎてるから、帰るね」
「え、もっとここにいてよ。神尾さんも村山先生と一緒で、側にいると何だか落ち着くわ。そう言えば、名古屋でも薬が欲しいって感じがなくなったのも、神尾さんが横に来てからだったような……」
「じゃ、またくるよ。今日の所は看護婦さんに怒られちゃうからごめんね」
「……そっか」
残念そうに木鳥は頷き、そしていいことを思いついたとでも言うようにタルトを見て嬉しそうに笑った。
「ね、村山さんに、これ、神尾さんからもらったって言っていい?」
「え!」
萌は跳び上がった。
「だめ、絶対だめ。私が来たなんて言わないで」
そうして木鳥を怖々見る。
「まさかと思うけど、村山さんにあたしの事、何か言った?」
「ううん、まだ言ってない。伊東くんがこの間来てくれて、そのとき初めて村山さんは伊東君より神尾さんの方が親しいって聞いたトコだから」
「お願い、秘密にして」
「どうして?」
「あたし、多分嫌われてるから」
「え!」
「だから、あたしと知り合いだって聞いたら村山さん、木鳥さんのところに来なくなっちゃうよ」
「そうなんだ」
「うん」
萌は立ち上がる。
「だから内緒」
「わかった」
言いながら木鳥は萌を見る。
「何で嫌われたの?」
「長くなるからまた今度ね」
次なんて一生ないだろうと思いながら、萌は後ずさりする。
「じゃ」
這々の体で病室を出て、萌は自宅に向かった。




