見舞1
幸い、あの夜の当直は村山ではなかったらしい。
木鳥はそのまま入院となり、親が呼ばれた。
萌たちが素性をばらした訳ではなかったが、彼女が中学生だった時に骨折した際のカルテがまだ残っていた事から、自動的に自宅に電話が行ったようだった。
「まあ、良かったんじゃないの」
夜、予備校の帰りに寄った川上の店で、伊東はあっけらかんと言う。
「木鳥さんも、別段恨んでないって言ってたし」
「……そうなの?」
客がいなかったので、萌はランチの残りを格安でご馳走になっていた。
「……って言うか、木鳥さんにあれから会ったの?」
「こないだ見舞いに行った」
伊東はマメな男だと思う。
「元気だった?」
「憔悴してたけど、テレビで見るような麻薬中毒とはちょっと違う感じだったな」
萌は黙って水を飲んだ。
いずれにしても、酷い事が行われているのは間違いないと思う。
「唯一、村山さんに会えなかったのが残念だよ」
スプーンを取り落としそうになったが萌は耐えた。
「病棟が違うみたいだね、外科と内科」
村山は昭和に建築された方の病棟にいる。
ツタが絡まった赴きのある建物なのかもしれないが、病院としてはちょっと不気味な感じも否めない。
「木鳥さんは会ったらしいから、話は少し聞いたけどね」
「ええええっ!」
スプーンがかつんと音を立てて皿に当たった。
「何で、どうして?」
どう考えても麻薬と外科は関係がなさそうに思える。
「村山さんって言うお医者さんに頼んだら薬がもらえるはずだって騒いだんだって。そしたら当人が現れたそうだ」
「げっ!」
思わず萌は立ち上がった。
「そ、そ、それは絶対にまずいよ」
「うん、だから俺が主治医の先生とか看護婦さんに事情を説明しておいた。彼女を入院させるために俺がついた嘘だって」
萌は椅子にへたり込む。
「あ、ありがと」
伊東は横目で萌を見た。
「……木鳥さんが言ってた。村山先生はびっくりするほどイケメンだって」
そんなこと、言われなくてもわかっている。
「あと、神尾さんにありがとうって言ってくれって」
「え?」
「昔、無視して悪かったって謝ってた」
そう言われても、ほとんど面識がないので無視された記憶などない。
むしろ、予備校での彼女の記憶がないという事実を鑑みれば、こちらが無視をしていたと言ってもいいほどだ。
萌は黙って、最後まで残していた肉団子をゆっくりと口に入れる。
アーモンドソースが香ばしい。ここの料理はやはり絶品だ。
「で、直接会ってお礼がいいたいから、面会に来て欲しいって」
「……えっ?」
「来たくないって言われても引っ張ってきてって言われちゃったし、なるべく行ってくれたら嬉しいんだけど」
萌は顔をしかめた。
「……って言われても、何話していいかわかんないし」
伊東はちらっと時計を見た。
「今だったら滑り込みで面会できるんじゃないかな。それで顔だけ見て挨拶して、面会時間過ぎてるとか言いつつさっさと帰る」
「なるほど」
言いつつ、萌はじっと伊東を見る。
「それって、あたしに来て欲しいんじゃなくて、伊東君に会いたいっていう口実とかじゃないの?」
「それはない」
やけに自信たっぷりに伊東は頷いた。
そうして唐突に戸棚から箱を出して、アーモンドタルトとクッキーを詰めた。
「はい」
「え?」
「お見舞い用のタルトサンティアゴ」
萌が慌てて財布を出すと、川上がひらひらと手を振った。
「あ、いいよ、それは。生地が食べ頃だから、萌ちゃんが来たら持って帰ってもらおうって櫂と喋ってたんだ」
そうしてにやにや笑う。
「だから萌ちゃんの分も包んで」
「え!」
「美味しいって思ったら、次回は買ってくれ」
何だか申し訳ない展開に頭を何度も下げながら、萌は行きがかり上、病院に向かった。
そして、よく知りもしない木鳥への面会を申し込み、エレベーターで昇る。
(何であたし、こんなところにいるんだろ)
少し前なら、どこかで村山に会えるかも知れないと、どきどきしながら病院に来たことだろう。
しかし、今は村山に見つかったらどうしようと、そればかりが気になる。
(……状況的には、あたしが木鳥さんに村山さんに薬をもらえってそそのかした感じになるもんね)
伊東は誤解を解いたと言ったが、ほとんど面識のない彼がいくら取り繕ったところで村山は信じないと思う。
(でも、そこにあたしが絡んでるってわかったら……)
ナースステーションに声をかけてから、萌は木鳥の部屋に向かった。




