表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
まどろみ  作者: 中島 遼
65/89

名古屋3

「あ、貴女、神尾さん?」

「知っててくれたんだ」

 女は次ぎに伊東を見る。

「貴方、確か以前、予備校の前で神尾さんと歩いていた……」

 人の顔を簡単に覚えられる才能に感心し、少し羨ましくも思う。

「とりあえず、追って来られてもやっかいだし、安全なところに行こう」

 言いながら伊東は苦笑いを浮かべて萌を見る。

「……でもま、萌がいれば百人力だとは思うけど」

 思えば伊東が萌の太刀筋を見るのは初めてかもしれない。

「あ、あれは暗いとこだったし、無我夢中で突いたら、なんか急所に当たったみたいだから、全然実力じゃなくて」

 言い訳をしながら木鳥の手を引く。

「そういう訳で、あの町に帰ろ?」

 木鳥は萌の手を振り払おうとしたが、腕力がないのでそれは適わなかった。

「何言ってんのよ、出来るわけないじゃない、見たでしょ? あんなとこで働いてて、しかもヤクザに薬をねだって」

 女はきびすを返そうとした。

「とにかく店に帰ってみる」

「駄目よ、またあのチンピラが来るよ」

「いいの、しつこくねだらないと薬がもらえないもの」

 萌は仕方なしに知っている情報を少し開示する。

「実はね、前にあの人がその上役の人と喋ってるのを聞いたんだけど、あの薬はあの町限定販売なんだって」

「え!」

「だから、あの店に戻ったところで絶対にもらえないと思う」

「嘘っ!」

「嘘じゃないよ、だってあの男の人もさっき、そう言ってたでしょ?」

 木鳥は目を見開く。そうしてしばらく萌を見つめた後、萌の手を握った。

「お願いだから助けて」

 突然相手は懇願口調になった。

「薬がないと苦しくてしかたないの」

「今もそうなの?」

 そんな風には見えず、萌は思わず聞き返す。

 すると、相手は少し小首をかしげた。

「言われてみれば、今はそれほどじゃないかも。興奮した後だからかな」

 伊東を見ると彼が頷いたので、萌は木鳥を見つめた。

「あのね、あの町に帰らないと薬は絶対に手に入らない。そして、あの店に戻ったら、またあの男が来るから二度と町には帰れない……どうする?」

 木鳥は涙目になり、そして頷く。

「お願い、連れて帰って」

「わかった。まずは町まで。それからのことはそれから考えよ」

 三人はそのまま駅に向かい、そして電車に乗った。

 帰り道、木鳥はずっと一人で萌に向かって語りかける。

 同じ事を何度も繰り返し、そして時折泣き出したりはしたが、それでも意外に木鳥は従順だった。

「でさ、タクマが声かけてきて、私、それが何だか嬉しくて……」

 どうやら彼らのなれそめを聞かされているらしい。

 要約すると、今まで真面目一筋でやってきた自分にはタクマという男の悪そうなところが逆に眩しく見えて、それで簡単に騙された。

 騙されたけれど自分はさほど彼を恨んでいるわけではない。

 だが、薬は欲しい。

 薬がないと落ち着かず、いらいらしたり泣きたくなったりする。

 便秘も酷くて肌が荒れる、不眠も辛い。

 ……という所か。

(困ったな)

 とりあえず町に連れて帰ることにしたが、その先どうするかのプランはない。

 ちらりと伊東を見上げると、彼は萌の気持ちがわかったのか、握り拳を見せ、そして親指を上に伸ばした。

 任せろ、という意味か。

 乗り換えをしつつ、彼らは故郷の町へのローカル線に乗った。

 そして、どんどん興奮が増していく木鳥をなだめすかしながら、ようやく到着したプラットホームに三人は降りた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ