名古屋2
「この店、か」
日が暮れて、ようやくネオンが明るさを増したその界隈で、二人はどちらともなく立ち止まった。
あまり上品ではなさそうな外観に、萌は何となく顔をしかめる。
と、そのときだった。
店のドアが開き、金髪の女と男がそこから出てきた。
「だって、今日は渡してくれるって言ってたじゃない!」
「だから店ん中で暴れんな、二人きりになったら渡してやるから大人しくしろ」
その男の声を聞き、萌は目を見開いた。
(あの時の……)
テレビ局で隠れていたときに聞こえた若い男の声。
確か、タクマだったかタツマだったか……
「こないだもそう言って、くれなかったじゃない」
「気持ちいいやつ打ってやったろ」
「あれじゃ駄目なの、最初の奴でないと……」
「わがまま言ってんじゃねえよっ」
男は女の肘をつかみ、引っ張るように歩きはじめた。
「痛いっ!」
「黙ってついてきたら渡してやる」
「ほ、ほんと?」
と、二人を呆然と見ていた萌を伊東が肘で突いた。
「あれって、その木鳥さんじゃないの?」
「え?」
実は木鳥と萌は面識はない。
いや、同じクラスなので面識はあったのだろうが記憶にはない。
唯一、恵那と美津紀から借りた目元加工しまくりのプリクラが二枚と、携帯で写した小さな画像があるだけだ。
「ほら」
伊東がプリクラの一枚を指でさす。
「うーん、そうかな……そうかも」
加工された目が妙に大きく、目尻とまつげが黒い縁状にベタで入ったような気味の悪いプリクラの写真を見て萌は呟く。
虫歯でも痛いのか片手で頬を押さえ、しかめっ面で上目遣いにカメラを見ているので、実際よりも顎が小さく、本人かどうかの判別はつかない。
しかし、言われてみれば、今の化粧の濃い顔とどことなく類似しているようにも思える。
萌は伊東に目配せし、既に五十メートルほど先を歩いていた二人の後をつけ始めた。
いずれにしても、声の主はあの怪しい男だ。
既に夜だが、まだこの辺りが人で賑わうには時間が早いのか、意外に人通りは少ない。
明らかに女は引きずられ、暴力を受けてそうな感じなのに、並んでいる店の前に立つ男達はほとんど無視していた。
むしろ、伊東と萌を物珍しそうに眺めているのが感じ悪い。
(……どこまで行くんだろ)
二人は人通りの少ない方へどんどん進んでいく。
そうして、ゴミ箱が並んだ裏道を通り、狭い路地裏に入った。
「ね、ほんとにくれるんでしょうね」
「ばーか、やるわけないだろ。アレは町から持ち出し禁止なんだよ」
「だって、最初の時はくれたじゃん」
「そんなに大層には思ってなかったんだが、どうやらばれたら殺されるぐらいやばい話だったみたいでな」
「嘘、前にあれは警察にも捕まらない、法律的にも何の問題もない薬だって言ってたじゃないのっ」
「それは本当さ。サツが調べたって成分はわからないし、だから罪にもならない」
「だったら……」
「サツに捕まらない、それほど高価な薬だって事なんだよ、わかんない奴だな」
女の背が震えた。
「サボってる訳じゃないし、客だって言われるとおりに取ってる。だからお願い……」
「普通の薬で我慢しろ」
「嫌よ、アレじゃなきゃ嫌っ!」
「甘えんなっ、こらっ!」
ばしっという音とともに、女の悲鳴が聞こえた。
(……あれは)
最初からそのためにこの場所に隠していたのか、男の手にはパイプのような物が握られている。
「仕方ねえからお仕置きだ。前のお痛が効かなかったらしいから、今度はちょっとぼこるぜ」
(ラッキー!)
萌はその場を飛び出した。
「ちょっと、やめなさいよっ!」
男はびっくりしたような顔で萌を見た。
「何?」
木鳥の方に駆け寄るように見せ、隙の出来た男の手首を叩いてさっとパイプを奪う。
暗くて顔が見えないのも幸運だ。
「てめえ、舐めてんのかっ!」
萌は数歩後ずさって間合いを取った。
「何ぃ? お前も売られたいのお??」
会話をするのも無駄なので、不用意に踏み込んできた男のみぞおちに連続三段の突きを入れる。
そしてそのまま倒れ込んだ男の顎をつま先で上に蹴り上げた後、木鳥の腕を取る。
「逃げるよっ!」
動けないでいる男を余所に、呆然としている少女を連れて萌は走った。
伊東も驚いてはいたろうが、何も言わずに横を併走する。
「ま、待って、逃げるってどこに?」
大分走ってから、女がぜいぜいと肩を上下させながら萌に聞いた。
明るい方を目指したため、ようやく普通の居酒屋が立ち並ぶ界隈まで来たようだ。
「警察か病院。とにかく安全なとこよ」
と、女は立ち止まる。
「駄目よ、そんなことしたら家に連れ戻される」
「いいじゃん、別に」
「あんたが誰だか知らないけど……」
言いかけて女は目を見開いた。
そして、明るい外灯の下で顔を震わせる。




