真緒2
「でも、真緒みたいなブスは、そんなこと無理」
「なんでそんなこというんだ? 真緒は可愛いよ」
「嘘」
「嘘じゃない」
「詩織ちゃんとどっちが可愛い?」
「そりゃ、真緒だろ」
それは事実だ。
母親似の色白で愛らしい表情は村山の自慢である。
「ほんと?」
「うん」
しばらく歩くと、ひときわ大きな邸宅が見えた。
呼び鈴を押すと、インターホンから姉の声が聞こえた。
「はい」
「涼です。今、真緒と……」
皆まで言う前に、真緒が村山の手を強く引っ張る。
「行こ、涼ちゃん」
「あ、ちょっと」
仕方なく飛び石を踏みながら木々のアーチの下を歩くと、玄関から慌てたような姉が飛び出してきた。
「まあ、涼ちゃん……」
言いかけた姉は、真緒の姿を見て言葉を止めた。
「ただいま、ママ」
「お帰りなさい、真緒。どうしたの、その格好は」
「あのね、道で転んだの」
姉は屈んで真緒のワンピースのレースを触り、顔を歪めた。だが、何も言わずに立ち上がって村山に微笑む。
「涼ちゃんが来てくれるなんて、何年ぶりかしら。とにかく入って。ちょっと散らかしてるけど」
姉の散らかしている、は慣用句であり、今まで本当に部屋がきちんと片付けられていなかったことなど一度もない。
「義兄さんは?」
「大学に行ってるわ」
「そう。大変そうだね」
それには答えず、姉はダイニングに彼を招き入れた。
「真緒、とりあえず着替えてらっしゃい」
「え、でも」
「おうちで着る服とお外で着る服は別々でしょ?」
「……はあい」
微妙に不服そうな顔で、真緒は部屋を出て行く。
それを見送りながら、姉は声をだした。
「真緒は、誰かにいじめられてたの?」
「うん。学校の同級生の男子だと思う」
姉はこちらにゆっくりと視線を戻した。
「ありがとう、助けてくれたのね」
「たまたま通りかかったから。睨んだら逃げてったよ」
姉はため息をついた。
「あのワンピース、とっても大切に着てたのに。……涼ちゃんに買ってもらったから」
「え、そうだっけ」
「貴方が結納で帰って来てたとき、一緒にデパート行ったの覚えてる?」
「行ったのは覚えてるけど、買った服とはちょっと違う気がする。真緒はもっと小さかったのに、今でもちゃんと寸法合ってるし」
「背だけが伸びたから、レースを足して裾を長くしたの。それでももう膝上よ」
村山は姉を強く見つめる。
「……転校させるべきだよ。あんなのと一緒だと真緒が可哀想だ」
「どこに行こうと一緒よ。この町は小さいんだから」
「だったら、もっと遠くでもいい。あるいは」
離婚しろ、という言葉を寸前で飲み込む。
「……学校にちゃんと管理するように言うとか」
「余計にいじめられるわよ。もっと陰湿な感じで」
姉は微かに笑った。
「今ぐらいのいじめだったら、逃げずに戦える子にならなきゃ」
「そんな」
「元々、真緒はちょっとわがままなお姫様っぽいところがあったから、今回の事は良い薬になったと思うの」
「姉さん」
「村山であるからには、強くなければいけないわ」
姉は既に志村なのだが、村山の口からそれを言うのははばかられた。
「それに将来、真緒は人をいじめない子になると思う。涼ちゃんがそうであるように」
村山は目を見開いた。
「知ってたのかい?」
「そりゃ、貴方の制服の繕い、私と千代さんがやってたんだもの」
「……まいったな」
姉には心配をかけないように、あれだけ平静を装っていたのに。
「心配した?」
「もちろん。でも、そのお陰があるから真緒も大丈夫だと思えるの」
「でも、女の子だし、もしもの事があったら……」
「大丈夫よ」
一体、何の根拠があるのか全くわからないが、姉はその言葉を繰り返した。
姉は学校でいじめられた経験がないため、それがどういうものかわかっていないのかもしれない。
「でも」
さらに村山が反論しようとした時、廊下を走る音が聞こえたので彼は言葉を止める。




