真緒1
祝日の午後だったが、事務が溜まっていたので病院に行こうとしていた村山は、その前にエネルギー源を仕入れるためにいつものスーパーへと向かった。
そこで個包装のチョコレートを買い込み、再びとって返す。
(……ん?)
聞き慣れた声がしたような気がして、村山は真っ直ぐ行くはずの道を右に折れた。
そこには小さな児童公園がある。
と言っても遊具は数年前にブランコが使用禁止になって以来、鉄棒しかないので普段は子供の姿はない。だが、
(あっ)
小学生の男子が四人、白いワンピースの少女を囲んでいる。
そのうちの一人はあろうことか中型犬をけしかけて、ワンピースに噛みつかせていた。
「エロ親父!」
「エロ親父の子供だったら、お前もエロいんだろ、服脱げよっ!」
「違うもん、お父さんはそんなことしないもん!」
必死で叫ぶ少女は、後ろ姿からでも真緒だと見て取れた。
「何をしてるっ!」
村山はまず怒鳴り、それから走った。
ふてぶてしい顔の太った男子が真緒につばを吐く。
「かばうことないよ、こいつ、有名なエロ医者の子なんだ」
思わず殴ってやろうかと思ったが、さすがに小学生にそれはできない。
「たった一人に四人がかりで、しかも犬にまで手伝わせて恥ずかしくないのか?」
「悪い奴をやっつけてるんだから、恥ずかしくない」
「どっから見たって弱いものいじめするお前の方が、よっぽど悪い奴だろうがっ!」
真緒の前に立ち、小学生を本気でにらみつける。
すると、何かを言いかけていた子供らは肩をすくめた。
そうして全員不服そうな顔でその場を離れる。だが、公園の出口ぐらいで再び彼らは振り返った。
「エロ親父の買った服着て歩くな、ブスっ!」
そうして、口々に汚い言葉を浴びせかけてから走って消えた。
「真緒、怪我はないか?」
村山が屈み込んで顔をのぞき込んだ途端、真緒は唇を振るわせて泣き出した。
そうして村山の首に抱きつく。
「よく我慢したな、真緒は偉い」
一度強く抱きしめてから、姪の頭をなでる。
「家まで一緒に帰ろうか」
しゃくりながら頷いた真緒の手を握り、村山は病院とは違う方向に向かって歩く。
ひらひらしたスカートのレースが引きちぎられていて、可愛い格好なのにむしろ哀れさを誘う。
「どっかに行こうとしてた?」
真緒は頷いて、村山の持ったスーパーの袋を指さした。
「あ、じゃあ、先にそっちに行ってから家に帰る?」
真緒は首を振る。
「いいの。そこに行ったら、涼ちゃんがいるかもって思っただけだから」
「え?」
「会いたかったの」
真緒は目に涙を浮かべて村山を見つめた。
「お母さんが、涼ちゃんは忙しいから真緒とは遊べないって。でも、病院がお休みの日はひょっとしたらチョコレート買いに行くかもしれないと思って、それで……」
村山は無理に笑顔を作った。
「凄いな、大当たりだよ。チョコ一杯買ったから真緒も食べるだろ?」
「うん」
泥をかけられた顔を見ると、どうしてか胸がずきりと痛む。
村山はハンカチをポケットから取り出して、真緒の顔を拭いた。
幸い、涙で顔はぐしょぐしょだったので、湿らさなくても結構綺麗になる。
「ありがと」
再び歩き出した真緒に、村山は言葉を選んで声をかけた。
「学校はどう?」
少女は首を横に振る。
「ほら、美咲ちゃんっていたよね、あの子は元気?」
「ずっと口、利いてない」
「え」
真緒は眉間にしわを寄せ、口をへの字に曲げた。
泣かないために筋肉に力を入れているのだと言うことが、連動する頬の動きでわかる。
「あのね、女子は無視するし、男子は蹴ってくる」
村山は握った手に力をこめた。
「それは、楽しくないね」
「うん」
村山は患者とのコミュニケーション用ハウツウ本の内容を反芻し、そしてこういう場合の正攻法である共感的な台詞を選ぶ。
「辛いのわかるよ、俺もさ、小学校のとき、ずっといじめられてたから……」
「ええっ!」
大げさに驚き、真緒はこちらを見上げる。
「嘘っ」
真緒は村山の手を握り返した。
「何でいじめられたの?」
「何でかわからないけど、俺、ちょっと変わってるっていつも言われてたから、そのせいじゃないかな」
「変わってる?」
「空気読めないんだって」
真緒は再び口をへの字に曲げた。
「涼ちゃんみたいに格好いい人が、いじめられる訳ないよ」
「俺は格好よくない」
「格好いいもん」
真緒はじっとこちらを見上げる。
「いじめられたことなんて、本当はないくせに」
「ほんとだよ。さっきみたいに三人とか四人に囲まれて悪口言われたり、教室歩いてたら、足出されてこけそうになったりとか」
「転ばなかったの?」
「足、出てきたら避けようって思って毎日注意して歩いてたから大丈夫」
「学校行くの、嫌じゃなかった?」
「嫌で嫌でしょうがなかった。でも仕方ないしね」
「ずっと続いたの?」
村山は首を横に振った。
「中学二年の頃に、とんでもないガキ大将と友達になったら、みんな怖がって蹴らなくなった」
「へえ」
少し目を細め、そして真緒はまた地面を見つめて歩く。




