名神2
「じゃ、行こうか」
松並はアパートの前にもう来ていたので、萌は軽く頭を下げると助手席に乗り込んだ。
(……困ったな)
松並の何が気に入らないのかわからないのが余計に困る。
藤田がやりにくいとか、由美が何を言ってるのかわからないというのは、彼らを避ける理由になったが、松並にはそれがない。
だから対応のしようがない。
車は発車した。
「あのさ」
松並が話しかけてきたので、萌は身構えた。
「携帯は?」
「持ってるけど」
「じゃ、家の人にまず連絡した方がいいな。でないと俺が誘拐犯みたいになっちまう」
確かにそうだ。
だが、
(何て言えばいいんだろ)
「正直に言えばいいんじゃないか?」
人の心を見透かすみたいに松並が声をかけてきた。
「高速、乗る前だったら、俺、代わってやってもいいぜ」
萌は首を横に振る。
知らない男と大阪で車に乗ってるなんてことになったら、ますますややこしいではないか。
「あの、もしもし、お母さん?」
とにかく電話してみたものの、何を話していいのかわからない。
「今日ね、ちょっと遅くなる」
「何言ってるの、女の子が夜遅くまでふらふらしてるとろくな事ないわよ。早く帰ってらっしゃい」
「……それが、その、終バスでは間に合わなくて」
「何を言ってるの」
「事情は帰ってから説明する。とりあえず、私は元気だから心配しないで」
「ちょっと、萌っ!」
電話を切るついでに電源も落とす。
そうすればかかってくることもないだろう。
(……ふう)
心の中でため息をつき、萌は前方を眺める。
どちらかと言えば松並はスピードを出す方だったが、すごい加速は村山で慣れていたのでむしろ安全運転に見える。
「ところでさ、何でプロレス?」
「え!」
沈黙を破る第一声がそれだったので、萌は我に返るのに時間がかかった。
「あの覆面、何でつけてたんだい?」
「それはその……」
「具合が悪い高津にあれをかぶせて、元気になってもらおうとした?」
「は、あ、まあ」
「で、感激したあいつが抱きついた?」
萌は真っ赤になった。
「あ、いえ、そういう訳では……」
「だろうな」
インターチェンジは意外に近く、すぐに車は名神に入った。
「あんなものをかぶる理由は、大抵人に顔を見られたくない場合だ」
「え……」
「だけど部屋で二人でそれはあり得ない」
「だ、だからプロレスごっこで……」
「神尾さんが買って、高津にかぶせた?」
萌は首を横に振った。
「あれは圭ちゃんが買ってて、自分でかぶったから、私もノリで一緒に……」
「腕をあげるのもやっとの高津が、自分であれをわざわざかぶるなんておかしいだろ? 靴だって履いたまま家に上がって」
萌は押し黙った。
「そもそも具合が悪くて心配で、わざわざ大阪までやってくるのに君が手ぶらで来るのもおかしい」
「だから、財布と一緒にかばんも落としたの」
「どこで?」
萌は必死で考えた。道に落とすなんてあり得ない、だとすると……
「あ、多分、駅のトイレでかばんをドアに引っかけて、そのまま取るのを忘れてたんだと思う」
「何駅のトイレ?」
(……これは)
言葉を発すれば発するほど、暴かれる確率は高くなると萌は思った。
なので得意の黙秘を敢行する。
「圭介、時々あんな風に動けなくなるんだけど、俺の知る限りではいつもベッドでひっくり返ってる。廊下や階段で座り込んでるのは見たことがない」
ところが、松並は構わずしゃべり出した。
「何よりおかしいと思うのは、俺はあの部屋に入る前、三回も呼び鈴を押して、その上、入るぞって、声をかけた。普通なら君が出てくるか、あるいは部屋で怪しいことをしていても、覆面を外すとか、抱き合ってても離れるとかするだろ?」
変な趣味があると思われるのと、今みたいに力を疑われるのとではどちらがいいのだろうと萌はぼんやりと思う。
「で、ドアを開けて、人の気配がないのを確認してから俺は玄関で靴を脱いだ。そのときだ、どさって音と、『ふえっ!』って声がしたのは。まるでどっかから降ってきたみたいにね」
高速は空いていたので、スピードは速い。
「あるいは、本当に降ってきたんじゃないのか? 誰かに見つかるとまずい場所からあの部屋に。……そうだな、例えばケーブルテレビ局とか」
萌は思わず息をのむ。
何故、この男はそこまで知っているのだ?
微妙に震えた手をしっかりと握り、萌は正面を見据えた。
敵ではないと知っている、そして高津も信用している。
(……それでも)
気を許してはならないと心がささやく。
(……なんでだろ)
夢の中で、井上が突然彼ら五人の中に入ってきた、あのときの状況を思い出させるからか?
(調和が乱れるってことかな?)
もちろん、井上に感じた嫌悪感が松並にある訳ではない。
新顔が突然大きな顔をするのが嫌なのかとも思うが、むしろ、松並と村山の結びつきは萌よりも長く太い。
(その絆に嫉妬してるとか?)
それは違うとは思ったが、そういうことにしておくと楽だ。
幸いな事に、松並はその後は萌に話しかけてはこなかった。
暇になった萌はぼんやりと今日あった出来事を思い返す。
そして、その中でとりわけ気になった言葉を反復する。
……予備校とか高校でちょっとマブいの探して薬打ったら、すぐに言いなりだし、飽きたら風俗に売っちまえばいいし……
どうしてか最近聴いた恵那の言葉が頭に浮かぶ。
(……関係ないんだろけど)
それでも、おかしなことがいくつもある。
明らかにあそこにいた男達はテレビ局の人間らしくなかった。
(テレビ局の仕事、してないし)
この町トピックス係に送られたビデオもそっちのけで、ネット販売に明け暮れている。
しかも、会話から考えると送っているものは……
(薬……)
村山の一件があって、萌も少し薬物については調べたことがあった。
どうやら彼らが販売しているのは、危険ドラッグのようだ。
萌の眉間にしわが寄る。
(……本当に、恵那が言ってた話、関係ないのかな)
少し調べてみようと思う。
何もなければそれでいい。
萌は息をついた。




