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まどろみ  作者: 中島 遼
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名神1

「ふぇっ!」

 鼻と口に何かが直撃した。

 しばらくしてから、それが枕だということに気づき身体を起こそうとしたが、がっちりと高津に抱えられているので身動きが取れない。

「圭ちゃん、大丈夫?」

「ううっ」

 高津は一度うめき、そしてゆっくりと顔を上げた。

「あっ!」

 その驚愕した視線が萌の後ろだったので、萌はゆっくりと顔を巡らす。すると、

「ふぇっ!」

 口をあんぐりと開けた松並と目が合った。

 松並は手にリンゴを抱えたまま、そのままぼうぜんとこちらを見ていて……

「ま、松並さんっ」

 横にいた高津が弱々しい声で相手を呼び、そしてびっくりしたように萌の身体を離した後、ベッドから転がり落ちた。

「ま、待って、誤解だ、だから……」

 何だか恋人に浮気を目撃された男のような台詞を吐き、そして高津は地面に突っ伏す。

「け、圭ちゃんっ、大丈夫っ?」

「おい、圭介っ!」

 萌がベッドから降りると同時に、松並がリンゴを床に置いてから高津を抱えてベッドに乗せる。

「何? プロレスごっこで肋骨でも折ったか?」

「え?」

 自分がかぶっている覆面に気づき、萌は慌ててそれを取る。

「その、これは色々と……」

 松並が高津の覆面を剥がすと、彼はうっすらと目を開けた。

「熱はないな……怪我は?」

「ないです。どっちかというと過労で」

「過労?」

 高津がこちらに視線を移した。

「ご、ごめん……萌」

「何が?」

「あの、その、わざわざ大阪まで来てもらってしまったって言うか、何というか……」

 言われて萌は辺りを見回す。

「……そう言えば、ここは?」

 見たことのない部屋だった。

 予定では、城跡公園のトイレに出現するはずだったのに。

「えっと、それってつまり」

 意味を理解するのに数秒かかった。

 そして、事の重大さを理解するのには二十秒ほど費やした。

「ええっ! 今何時?」

 今日は友達と予備校で勉強して帰るから十一時頃になると親には言ってあるが、高津の下宿からだと、一体何時に帰宅できるのか見当もつかない。

「あ、じゃあ、あたしはこれで」

「あ、ちょっと、萌っ!」

 跳び上がるようにして部屋を出てから、ここがどこだか全然わからないことに気づく。

 しかも……

(お、お金がない!)

 仕方なしに廊下から再び部屋に戻ると、高津の靴を脱がせていた松並がこちらを見た。

「神尾さん、今から戻るつもり?」

「はあ、まあ」

「今からじゃあ、新幹線に間に合ったとしても終電に間に合わないよ。」

「えっ!」

 重病人みたいな高津がよろよろと頭を上げた。

「萌……お金持ってる?」

「そうなの、そういえば一銭も持ってなかったの」

 松並が不審そうに二人を見比べ、そして苦笑いを浮かべた。

「ここに来ることは家の人には言ってる?」

「……それが、言ってないんです」

「お金持たずにここまでどうやって来たの?」

「あ、えーと、その……」

 高津が松並のシャツを引っ張った。

「萌、俺が具合悪いって聞いてここまで来てくれたんだけど、途中で財布落としちゃったらしくて」

 慌てて萌は頷く。

「そ、そうなんです。それで……」

「仕方ないなあ」

 松並は、床のリンゴを拾ってちゃぶ台に置くと、萌の方を見た。

「送ってやるよ」

「送るって?」

「車あるから家まで」

 思わず萌はぶるぶると首を振る。

 そんな迷惑をかけられないと思う以上に、萌は松並と二人きりでドライブするということに動揺した。

「圭介、お前は一人で大丈夫か?」

「うん、いつもの疲労だから」

 頷いた松並に萌は両手を振る。

「いや、それはちょっと、その……」

「今から出たら、夜中には着く。駐車場から出してるから、五分後にマンションの下に降りてきてくれ」

「え、ええっ!」

 あっという間に松並はいなくなった。

 どうしようもなくて高津を見ると、彼は微かに頷いた。

「女の子一人で夜にあそこまで帰れなんて言えないと思う」

「でも……、」

「甘えていいと思うよ、あの人なら」

「……って言われても」

 萌は松並がひどく苦手だった。

 高津が仲良くしているので、多分味方なのだとは思うが、だからと言って苦手意識がなくなるものでもない。

「元はと言えば、俺が悪いんだから俺が何とかしなきゃいけないとは思うんだけど」

「それはいいよ、ただ」

「ただ?」

「借りを作るの、やだなと思って」

 すると不思議なことに高津は笑った。

「家に送らせるぐらい借りにはならないよ。俺たちはあの人にもっとでかい貸しを作るはずなんだから」

「どうして?」

 高津は微かに笑い、そして目を閉じた。

「トイレはその左側のドアだから。それと家を出るとき鍵は開けて置いてくれていいよ。多分、一時間ぐらい休めば自分で閉められる」

 確かにここに朝まで泊まるということになっても、別の意味で高津を困らせることになるだろう。

「……わかった」

「ごめん、萌」

 萌は肩をすくめる。

「圭ちゃんが謝ることじゃないし、それに跳んでくれなきゃもっと大変だったんだから」

 萌は身繕いを済ませた後、高津への挨拶もそこそこに階下に降りた。


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