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まどろみ  作者: 中島 遼
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遠距離電話1

 バイトから帰ってきた高津はまどろみの中、夢を見ていた。

 同年代の綺麗な顔立ちの男女だが、面識はない。

 少年は明らかに高津に敵意を持っているが、少女の方は今ひとつよくわからない。

(……?)

 その目鼻立ちはどこかで見たことがあるような気もして……

「!」

 耳元で鳴った着信音で目が覚めた高津は、突っ伏していた机から顔を上げて携帯に手を伸ばした。

 見るとそれは知らない番号だ。

(……変な夢、見た後は気をつけないと)

 一つ息をしてから、ゆっくりとボタンを押す。

「もしもし」

「高津? 俺だよ、伊東」

「え!」

「お前の携帯の番号、よく考えたら俺、知らなくてさ。三木に聞いたんだ」

「……何の用?」

 伊東を嫌いではないが、何となく平静ではいられない。

「お前、駅前の予備校出身だろ?」

「そうだけど?」

「友達で浪人した奴、いる?」

「一杯いるよ。ただ、あの予備校に残ってる奴はいないな、大抵、大手の予備校に受かってそっちに行ったから」

「何だ、そうか」

 がっかりしたような声に不審を覚える。

「それが何か?」

「いや、何でもない。済まないな、忙しいのに」

「え?」

「じゃあな」

「え?」

 切れた電話をしばらく見つめ、高津は着信履歴から伊東にかけ直す。

「もしもし!」

「何だ、どうしたんだ?」

「どうしたじゃないだろ、何だよ、その一方的な電話」

「ああ、済まん」

 悪びれない声に、少し苛立つ。

「あんな感じで切られたら、無茶苦茶気になるだろうが」

「済まん」

 高津は一呼吸置いた。

「萌に何かあったのか?」

「どうしてそう思う?」

「あの予備校にあいつは通ってる。お前がわざわざ俺に電話してくる、この二つの理由でだ」

「やっぱお前は勘がいいな」

 勘がいいとかの話ではなく、自明の事だ。

「萌がどうしたんだ? 何かあいつ、困ってるのか?」

「予備校でぼっちらしい」

 ぼっちとは独りぼっちの事である。

「何で? 同じ学校の子だっているだろ?」

「あんま、仲良くなさそうな別のクラスの女の子と、それから島津さん」

 高津は眉を寄せる。

「他の学校の子は……」

 言いかけて黙る。

 萌は人見知りは強いし、引っ込み思案だ。

 命がけのミッションならともかく、予備校でわざわざ知らない相手に話しかけることはしないだろう。

「何か変な噂が立ってるらしい。萌が人の彼氏を盗る嫌な女の子だって」

「えっ!」

「あと、誰とも会話をしようとしないのは、レベルの低い男子は無視する高ピーだからって」

 高津は絶句し、そしてようやく言葉を紡ぐ。

「それって、萌から聞いたの?」

 そこはとても重要な所だ。

 もし、萌が伊東には相談し、高津には言っていないなら、これ以上の関与はしないつもりで……

「いや、足立から聞いた」

 足立というのは元サッカー部の地味で大人しい生徒だ。

 高津は知らなかったが、彼もあの予備校に通っているようだ。

「何で足立は否定しなかったんだろ?」

「萌のこと、詳しく知らないから否定出来なかったって。実際、神尾は普通の男子とは会話しないし……とか、もそもそ言ったんで、口を両手でういーんって裂いてやった」

「だけどさ、他人の彼氏を盗ったなんて話、高校時代にはなかったぜ」

 盗るどころか、知らない男となるべく接触しないように努力していたぐらいなのに。

「そこは曖昧なんだ。最初は他人の好きな子を盗る、だったかもしれないって。それが伝言ゲームでそうなったかも」

「どっちだって似たようなものだろ」

「後者ならあり得るだろ? 多少、逆恨み的な匂いはするけど」

「ああ」

 高津は頷いた。

「萌を好きな奴、一杯いたもんな。女子から見たら、そんな風に曲解されないとも言えない」

「うん……とまあそういう訳で、もしお前の予備校の友達、特に女子がいたら、噂を消して廻ってもらいたいな、って思ったのさ」

「なるほど」

 高津は少し考え込む。

 しかし、その役に適切な友人はその予備校には一人もいない。

「済まん、やっぱ思いつかないな……」

「そっか」

「足立に言わせろよ」

「相手チームに同化してオウンゴール決めちまうようなあいつに、そんな目立った芸当は無理」

「うーん」

 唸ると同時に怒りがこみ上げてきた。なので伊東相手にそれを吐露する。

「犯人は誰だと思う?」

「わからない」

「本当に?」

「俺がその予備校に通ってたら、ある程度の証拠をつかむことも可能なんだろうけど」

「……ってことは、証拠がないだけで容疑者はいるんだ」

 伊東が押し黙ったので、高津は再度念を押した。

「そんなこと言うのって、うちの学校の生徒だけだろ?」

 高津の目には犯人は見えていた。

「お前と俺、多分、同じ事を考えていると思うよ」

「かもな」

「そっち方面から対策は打てないのか?」

「そりゃ、二つの意味で不可能。一つは相手が俺のことを敵だと思ってるから聞く耳を持たない、むしろお前の言葉の方がそいつには効果的だろう。そして二つ目には」

 伊東の苦笑する声がした。

「萌とは格が違いすぎる。だから何をやってもあっちが道化に見えてしまって、むしろ気の毒なんだ」

「気の毒って……」

 意味がわからないので、高津は別の問いを発する。

「萌、やっぱ落ち込んでる?」

「さあ」

 気になって聞いてみたが、伊東の返事は予想外の言葉だった。

「わからん」

 ちょっと期待して尋ねてみる。

「ひょっとして、全然会ってないとか?」

「いや、毎週顔を見てるよ。俺、あの予備校の近くのレストランでバイトを始めたから」

(……ちぇ)

 心の中で一度毒づいてから、高津は電話を強く握った。

「じゃ、お前がせいぜい慰めてやれよ。それで十分だろ」

「そうしたいのはやまやまなんだけど、それは無駄だろうな」

「何で?」

 伊東は少し間を置いた。

「萌は誰にも傷つけられないから、慰める必要もないんじゃないかって」

 通り一辺倒の否定をしようとして、高津は言葉を引っ込める。

 その感覚は、かつて自分も幾度か味わったものではないのか。

「じゃあ、どうして俺に電話してきたんだ?」

「傷はつかないけど、やりにくかろうって思ってさ。障害を取り除けるならそれに越したことはないだろ」

 真っ当な発言に渋々頷く。

「済まないな、役に立たなくて」

「……萌には内緒だぞ、俺がそんなこと言ったなんて」

 伊東はちょっとだけ真剣味を帯びた声を出した。

「わかってる」

 というか、そんな伊東のポイントを上げるようなことを、自分から高津がするはずがない。

「じゃあな」

「ああ」

 高津は電話を切り、壁にもたれて再びぼおっとする。


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