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まどろみ  作者: 中島 遼
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露見5

 小金井は細川殺しの重要参考人として任意同行を求められたという。

 拒否せずに同行に応じたのは、本人も何が何だかわからなかったから事情を聴きたいという気持ちがあったのだろう。

 村山が個人的に調べたところ、逮捕状は既に取れる状態にはあったので、同行を拒否した段階で発令される算段になっていたと思われる。

 しばらく拘留が続くということで、彼らは小金井を外してシフトを組み直した。

(……気の毒に)

 ちらりと思ったが、日曜日のお務めがなくなったのは嬉しい。

 ただし、小金井の患者を三宅と彼とで分担する必要があったので、業務的にはきつくなっている。

 また、小金井が執刀する予定だったものはできる限り明石が引き受けたので、第一外科は全員が毎日食事を取る間もないような状況である。

「何だかここ数年、こんなことばっかりだよな」

 佐々木がぼやいた。

「お前が来てから、ずっとこんなだ」

 村山は困った顔を作った。

「逆に言えば、俺は大変な時期ばかり経験してるってことですよね」

「そう言えばそうだな」

 疲労困憊という顔で佐々木は聴診器を首から外した。

「とりあえず、今日は帰る。明日は宿直だから」

「お疲れ様でした」

 言ってはみたものの、村山もそれほど長くいるつもりはない。

 どうせ寝に帰るだけの家であっても、気持ちの上で違う。早々にここを退出して詩織の作った夕食が食べたい。

 そうしてあの笑顔をただ眺め、今の全てを忘れたい。

 と、佐々木とすれ違うように明石が入って来た。

「帰るのか、佐々木」

「はい」

「お先に失礼します」

「お疲れさん」

 ドアを閉め、こちらに向かって歩いてくる明石も疲れた顔をしている。

「今夜、警察が入るそうだな」

 村山は明石を見る。

「小金井先生の件で?」

「いや、副院長の件だ」

 村山は曖昧な表情を作った。

「……というと? やっぱりナースに手をつけてたんですか?」

「馬鹿なこと抜かすな。そんなことで警察が民間病院に入るわけなかろうが。論文二重投稿だ」

 既に病院の人間はみんな知っている。

 早晩外部にも漏れることだろう。

「ああ」

 彼は頷いた。

「義兄が己の潔白を証明するために、捜査を依頼したって話ですね」

 村山はわざとらしいため息をついてみる。

「早く犯人が捕まってくれればいいんですが」

 と、明石は微かに顔をしかめた。

「……俺が見たところ犯人は、極めて頭が良く、ITに精通している。そして志村先生に恨みを抱き、恥をかかせたい、そして失脚させたいと思っている。しかし、知能は高いが精神は幼く、この件に関してはほとんど思いつきで犯行に及んだ」

 村山が首をかしげて相手を見ると、彼は微かに目を細める。

「方法が精緻で高度な割に、筋書きがやたら子供っぽい」

「……子供が犯人、ですか」

 全く見当違いの犯人像を聞いて、村山はこの件についての成功を確信した。

「犯人に目星は?」

 明石はしばらく村山を眺め、そして苦笑いを浮かべる。

「ない」

 ついでなので、村山は彼の考えをもう少し聞いておくことにした。

「そういえば、以前雑誌に義兄を誹謗するような記事が載りましたが、同一犯なんでしょうか?」

「あれは違うだろ。やり方が下品だ」

「なるほど」

 言葉が続かなくて、村山は考え込む振りをした。

「だが」

 代わりに明石が言葉をつなぐ。

「週刊誌は別として、論文の話と小金井の話からは同じ臭いがする」

「え?」

 驚いて明石を見たが、彼は普通の顔をして机の上の書類に目を通している。

「というと?」

「やりそうもない事で濡れ衣を着せられたところが」

 村山は眉をひそめる。

「先生は小金井先生を信じてらっしゃるんですね」

 明石は肩をすくめた。

「信じるも何も、絶対に奴が犯人だなんて事はあり得ない」

「何故?」

「あんな神経質な男が、殺人を犯した土地にわざわざやってきて、そこで平然と医師を続ける事などできるわけがない」

「小金井先生がどうかということは別にして、一般的には、犯人は現場の近くに戻るとも言いますよね」

「仮に意図があって戻って来たとしても、あんな風に熱心に仕事を続けるのは無理だ。何かしらそわそわしたり、過敏になったりするだろう」

「過敏は過敏だったとは思いますが」

 明石は眉間にしわをよせた。

「意味が違う。己の罪がいつ暴かれるだろうとの不安で神経質になるのと、あの男の持って生まれた繊細な神経による癇性とは別物だ」

 明石は昼頃から机に置かれていたままの、冷めたコーヒーの残りを口に入れ、まずそうな顔で飲み干した。

「志村先生の件も小金井の件も、彼らのことを全然わかってない人間がやったか、人間というものを全然わかってない人間がやったか、そのどちらかさ」

 どうしてか背筋が粟立った。

 自分の事を言われている訳ではないとは思ったが、明石は間違いなく真理を言い当てている。

 これ以上、話を続けるのが突然怖くなり、村山はゆっくりと立ち上がった。

「ん、帰るのか?」

「はい、まあ、そろそろ」

 言いながら村山はどうしても聞きたい一言を確認するためだけに、もう一度口を開いた。

「先生は、小金井先生のことをどう思ってらっしゃいますか?」

「優秀な医師だと思ってる」

「それだけ?」

 明石は不思議そうな顔でこちらを見た。

「どうしてそんなことを聞く?」

「いや、どうしてそこまでかばうのかなと」

「かばってる訳じゃない、事実を言ったまでだ」

「……そうかもしれませんが、好き嫌いを抜きによく第三者的に話ができるなと思って」

「勘違いしてるかもしれないから言っておくが、俺は別にあいつを嫌いじゃない」

 村山は少し驚く。

「先生のことをあれだけ悪し様に言ってるのに?」

「俺があの男からどう思われているのかと、俺があの男をどう思っているのかは何の関係もない話だ」

 村山は一度口を開きかけ、そしてそのまま閉じる。

 そうして心の内でため息をつく。

(……だから俺は)

 こんな風になりたいと思いながらも、決してこんな風にはなれないのだろうという諦めが胸を去来した。

 村山は黙って白衣を脱ぐ。

「お先に失礼します」

「ああ」

 顔も上げずに返事を返した明石を一瞥し、村山は病院を出た。

(……嫌な気分だ)

 整理しきれない感情が渦巻く。

 世に生きる人々は、こんな気持ちをどうやってなだめているのだろうか。

 自分はそれを処理する術を持たず、ただ、どす黒い何かが内側から彼を押しつぶそうとするのを眺めるだけだのに。

(……ん?)

 病院の門を出て五十メートルほど歩くと、見慣れたロングヘアの女が向こうから歩いてくるのが目に入った。

 少し歩く速度を上げて、邂逅する前に左に曲がる。

(あんな女がいるから、俺は……)

 不愉快さに胸が悪くなる。

 だがしばらく歩き、再び右に折れるとそこにはくだんの女が立っていた。

「もうっ、涼ったら」

 英莉子は少し走ったのだろう、若干息切れしてはいたが、涼しげな顔を装った。

「子供みたいな真似、しないでくれる?」

「だから、お前、誰?」

 村山が英莉子の脇をすり抜けると、相手は彼の横に並んだ。

「いい加減にストーカーやめないと、警察に言うぞ」

「嫌われたくないから端的に言うけど」

 懲りる様子もなく英莉子は笑うように喋った。

「メール、送ったでしょ? 返事くれないから答えを聞きに来たの」

 村山が黙って歩を進めると、英莉子も早足になった。

「いいの? あの子達、このままだと殺されるか、どっかに売られるかしちゃうわよ」

 英莉子が高津と萌に課したミッションは重い。

 彼らの町にあるケーブルテレビ局は、山間でアンテナを立てても受信しにくい家庭が多いため、かなり前から存在している。

 五年ほど前に大企業と提携はしたが、自主テレビ局としての矜持を守ったままの経営を行っていた。

 しかしほぼ一年前、株式を専門に扱う企業がほとんど乗っ取りに近いぐらいの買い占めを静かに行い、局員もほとんどが入れ替わったり、増員されたりしている。

 村山の調べでは、その企業が金を出し、入っていたテナントビルの全階をテレビ局名義にした後、地方の一ケーブルテレビ会社としては不自然なほどに、ビルのセキュリティを強化していた。

「何故、あの商社がそこまでセキュリティにこだわったのか、貴方ならもう調べはついてるんでしょ?」

 もちろんわかっている。商社などというのは仮の姿で、実は最近この町に勢力を伸ばそうとしている暴力団だ。

 地価がここ数年うなぎ登りで、今後発展する可能性などが示唆されてから、その手の輩がこの町を横行するようになっていると聞く。

「手伝ってあげないの? 下手したら死んじゃうわよ」

 クスクス笑いが横から聞こえる。

「ね、キスしてくれたら、あの子達へのミッションを取り下げてもいいわよ」

 さらに村山が歩速を上げると、今度は英莉子はついてこようとしなかった。

 ただ、後ろから風のように声が届く。

「いいの? 彼らがどうなっても?」

 村山は微かに息を吐く。

(……そろそろ、幕を下ろす頃合いかな)

 便利だと思って使っていたが、そろそろ面倒くさい。

 村山は頭の中で、英莉子の処分方法を考え始めた。


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