露見4
二人は玄関の木戸をくぐり、家に入った。
警備保障のセンサーを解除し、篠田をダイニングに通す。
「応接間でなくて済みません、運ぶ人間がいない場合は、こっちで食べる方が冷蔵庫が近いので……」
「いや、勝手に押しかけたのはこっちだから気にするな。それに我が家に比べれば充分綺麗だよ」
寿司の出前を頼み、とりあえずコップを食器棚から出す。
「何があったんですか?」
「うちが、志村の大学と共同研究しているのは知っているな?」
「はい。以前お聞きしました」
「どうしてかその論文が、二重投稿になっていたんだ」
「は?」
しらじらしく、皿を出す手を止めて村山は篠田を見る。
「知らない雑誌から論文掲載の通知が郵送され、それで事が発覚したんだが」
篠田は疲れた顔を一度振った。
「……まさか、義兄さんがしたことになってるんですか?」
「ああ。だが志村は知らんと言ってる。実際、そんな馬鹿なことをするメリットもないんで不可解きわまりない」
村山はとりあえず食器棚を閉め、テーブルに皿を置いた。
「仮にメリットがあるとすれば、よほど早くに結果が欲しかったということですか」
「別のグループが同じような研究をやってる場合は早く論文掲載されたいと思うこともあるだろうが、彼らの臨床研究は、新規発見というほどのものでもないしな……」
微妙に辛辣な言葉を出して、篠田は口を歪める。
「むしろ、志村がはめられた感の方が俺には強い」
「え!」
「何らかの理由で、志村に恨みを持つ、あるいはあいつに失脚して欲しい男が、あいつを陥れるために画策した……それが一番しっくりくる」
村山は目を見開く。
「まさか……でも、誰が」
篠田は渋く笑った。
「見当なんてつくかよ。ただ一つ言えることは、あいつが困って喜ぶのは、俺とお前だ」
「馬鹿な!」
わざと声を荒げると、再び篠田は微笑んだ。
「そう、世間は噂することだろうな」
村山が黙って見つめると、相手は頷く。
「もちろん、俺たちがそんなことをやるメリットも実は皆無だ。志村と俺が現在均衡を保っている状態は、お前がそれなりの年齢になるまで続けねばならない。今、あいつがややこしい状態になったとしても、数年かけて奴が身の潔白を証明しさえすれば、俺たちが腹黒いという噂だけが残ることになる」
村山は目を細めた。
「……では志村派がそこまで考えて?」
「……んな訳はない。院長ってのはある意味名誉職だから、傷のある奴はなかなかなれない。この病院は特にな」
村山は思い出したように冷蔵庫に向かった。
そしてビールを取り出す。
「つまみなしでもいいですか?」
「ああ、まずは駆けつけ一杯だ」
「はい」
村山が返事したそのときだった。
彼の携帯がテーブルの上で音を立てた。
村山はビールをテーブルに置き、そして受話ボタンを押す。
「はい、村山です」
「あ、村山先生、三内の岸です。救急で先ほど運ばれてきた患者さんなんですが」
村山は話を聞いた。
(板状硬、反跳痛……か)
「なので済みませんがこちらに来て頂けますか?」
村山は不足している検査について、オーダー状況を確認した後で念のために尋ねる。
「一つだけお尋ねしたいんですが、今日のオンコールはファーストが小金井先生で、セカンドが佐々木先生ですよね」
「佐々木先生は先生の患者さんの状態が悪くてつきっきりです。小金井先生は、その……」
もごもごとした言いように、村山は電話を切るために結論を言う。
「いいです。要するに連絡が取れないんですね」
「あ、いえ、そうじゃないんです。警察の人が来て、連れて行かれたってナースがさっき……」
「警察?」
言ってから村山は一度篠田と目を合わせ、そして頷いた。
「とりあえず、すぐに行きます」
電話を切って、篠田を見る。
「急患です」
「汎発性腹膜炎?」
「多分」
篠田も立ち上がって、ポールハンガーに掛けていた背広を着る。
「先生はここで寿司食っていただいていいですよ」
「いや、出前は病院にしてもらおう。気になる台詞があったので俺も戻る。電話番号はこれだな、俺がかけておこう」
彼はじっとこちらを見た。
「……警察って?」
戸締まりを確認しながら村山は首を振る。
「俺もよくわかりません。小金井先生が警察に連れて行かれたってことしか」
「そんなことがあったなら、どうして俺に連絡が来ない?」
「さあ」
篠田は笑った。
「自分のことで手一杯のくせに、志村も大変だな」
(……ああ)
村山は心の内で頷く。
情報が同じ副院長の篠田に廻らず、志村が一人で解決したような事例がいくつかあると、詩織から聞いたことがあった。
事務方のボスが志村派というのも大きいのだろう。
(……だが)
そういう輩は流れが篠田に行っていると感じた途端に鞍替えする可能性が大きいとも詩織は言っている。
「済みません、何のお構いもせず」
「いや、ビールを飲む前で良かった。人手が足りないなら、鉤引きぐらい手伝うぞ」
「……却って緊張するからいいです」
二人は家を出た。




