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まどろみ  作者: 中島 遼
46/89

露見3

 明石と別れ、村山はそのまま一人でナースステーションに行き、システムに追加オーダーを入力した。

「先生、この後医局に戻られます?」

 書き物をしていた看護師が、顔を上げて村山を見る。

「ラウンドしたらその後ぐらいに」

「佐々木先生がいらっしゃったら、小島さんのオーダー、処方切れだって言っといていただけます? 詳細は私までって」

「了解しました」

「それと電話の電源は入れておいてくださいってことも伝えて欲しいんです。ほんと、佐々木先生ったら、いつもピッチの扱いがルーズなんだから」

 ちょっと怒ったような様な顔をした後、看護師は付箋紙が貼り付けられた小さなボードからメモを取って村山に渡した。

「あともう一つ、三時頃に脳外科の篠田先生がいらっしゃって、先生がお戻りになったらお電話が欲しいとのことでした」

「ありがとうございます」

 三時というと、相当前だ。

 彼はナースステーションの固定電話を取り上げ、篠田の内線にかける。

「はい、篠田です」

「村山です。ご連絡が遅くなって済みません」

「ああ、忙しいのに済まない。ちょっと話しておきたいことがあるので、今晩はどうかと思ってな」

「今日は大丈夫です。恐らく九時半には業務を終えられます」

「わかった。じゃあ、その頃また電話をくれ。一緒に出よう。詩織への連絡は頼んだ」

「済みません、あいつ今日は出張でいないんです」

「なら、君としてはちょうど良かったわけだ。一人で食事するのも味気なかろう」

「はい」

 話しておきたいことについては察しがついた。

(……義兄さんのことだろう)

 少し前にベッドの中でのアクションも含め、世間常識から逸脱したような志村の女性関係の奔放さが下世話な週刊誌に載った。

 病院名こそ出なかったが、この町の人間ならここのことだとわかったので、志村と特定することも容易かった。

 村山は立場上、傍観者の立場を貫くことも可能であったが、志村と同列の副院長という立場である篠田への世間からの圧力は半端ではなかったろう。

「篠田先生と飲みに行かれるんですか?」

 受話器を置いた彼に、看護師が笑みを浮かべてこちらを見る。

「うん、まあ」

「いいなあ、私も篠田先生とご飯食べたいな」

「……何で?」

 看護師は笑った。

「あの先生がいると、飲み会が楽しいってよく聞きますよ」

「わかる気はする」

 軽く頷いてステーションを離れ、佐々木への伝言も含めて業務をこなす。

 詩織がいないのでややのんびり仕事ができると思っていたため、少し段取りを変更する必要もあった。

(……そろそろかな)

 時刻になったので、村山は内線をかけて篠田に連絡し、先に一階まで降りた。

 外の風は生ぬるい。

(……あ)

 旧館の通用出口から、篠田が姿を現して手を挙げた。

「済まない、誘っておいて待たせるなんて」

「俺も今、来たところです」

 篠田と並んで村山も歩き始めた。

「細石にします?」

「いや、あそこは病院関係者が多くて落ち着かない。君の家で寿司でも取るというのは駄目か?」

「俺は構いませんが」

 村山は微笑みを浮かべた。

「先生の奥さんが許せば、夜明かしもOKです」

「家内が許しても、俺の体力が許さん」

「それは大丈夫でしょ、ご飯も食べずに十二時間も手術を続けられたって話、聞いてます」

「最近では、優しいナースが途中で軽食タイムを取ってくれる」

 二人は病院の門を出た。

「それにしても、残念だ」

「何がですか?」

「詩織がいないことさ。あいつの考えも聴かせてもらいたかったのに」

 村山は微かに眉をひそめた。

「桐原に関する話ですか?」

「いや、そうじゃない。あいつは第三者的に病院を外からも見ることが出来る。その上、賢い」

 篠田は自分の身内を誉めているだけなのだが、それでも詩織が高く評価されると何だか嬉しく思える。

 何故か詩織は、彼女が会ったこともないような看護師からさえ悪口を言われることが多い。

 容姿はもちろん、専業主婦として村山に仕えず、仕事を続けて勝手しているのは資産を鼻にかけているからだという話まであって……

 遠くから救急車の音が聞こえてきた。

 二人は同時にスマホを握り、そしてそれを再びポケットに入れる。

「今日のお話とは、義兄さんのことですか?」

 単刀直入に聞くと、篠田は頷いた。

「極めてややこしい話があって」

 村山は口の端を上げる。

「……まさか、手をつけてたナースが告訴したとか?」

 篠田は肩をすくめる。

「志村は賢い男だ。側にいる女には手を出さない」

 それはそうだろう。婿養子で病院の支配権を争おうというのだ。

「あの週刊誌もすごいですよね。あることないこと」

「金に飽かせて酷いことやってるように書かれてたな。あんなことまではするまいが」

 村山はわざとらしくため息をつく。

「俺はそれがどこまで本当かどうかなんて興味ありません。それより姉や真緒が可哀想で……」

「君の立場ならそうだろう」

 篠田は頷く。

「しかし、俺が話したいのは女の話なんかじゃないんだ」

「え?」

「もっとやっかいな話だ。しかもこれは院長もかんでいる」

「……と、言うと?」

 篠田が黙り込んだので、村山は追求をやめた。

 道路で話すような話題ではないということならば、きっと、論文の話が明るみに出たのだろう。

 だとすると、極めてタイミングがいい。

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