露見2
「お前、誰にものを言ってる?」
今までは人のいない部屋でしか聞いたことのない台詞がその口からこぼれた。
「ここではっきりさせようじゃないか、真にレベルの高いのが俺か、明石か」
その目が恫喝するように村山を射る。
「どっちだ?」
「それは……選べませんし、選ぶようなことでもありません」
「お前に優等生ぶる権利があると思ってるのか? さあ、はっきりと言ってみろ、いつも俺に言ってる言葉を、明石の前でほら」
村山は狼狽したが、小金井の視線を受けて仕方なしに口を開く。
「……小金井先生が……俺が見た中で、最高の外科医だと思っています」
「そうだ、その通りだ」
勝ち誇ったような顔で小金井は明石を見る。
「この男は裏表がある。お前の前ではいい顔をして、俺の前では俺にしっぽを振るのさ」
何故だか十二指腸の辺りが急に痛んだ。
もちろん明石が村山が何を考えているかなど、毛ほども気にしていないことはわかっている。
(……それでも)
極めて慎重に、村山は明石を包囲しようとしていた。
その外壁に傷がつくのは不愉快きわまりない。
「……ま、そういうことだ」
小金井は見下すような表情でこちらを見た後、くるりときびすを返して去って行った。
それを見ながら、思い出したように明石がエレベーターのボタンを押す。
そして微かに笑った。
「……あいつ、何しに来たんだか」
もちろん、村山に渡し損ねた臓器に気づいての言葉だろう。
だが、村山は答えを返さず、強ばった顔のまま、到着したエレベーターに乗り込んだ。
「……今週の日曜、何かあるのか?」
「え?」
意味がわからずに相手を見ると、明石は真面目な顔で頷く。
「立ち入ったことを聞くようで済まないが、日曜出勤をするのなら把握しておかないといけないからな」
どうやら明石は、村山と小金井が二人で話している際の言葉を聞いていたらしい。
「最近お前はよく休みに医局にいるらしいから、今度もそうかと思って」
村山は瞬時の間を置いて首を振る。
「……そういうのではありません」
今度の日曜日は小金井に連れられて、彼の懇意にしている病院でMRIなどの検査を受けることになっている。
なのでこの病院には顔を出さない。
「……そうか」
エレベータを降りたところで明石は立ち止まり、後続の村山を見つめた。
「何か相談に乗れることはないか?」
「……え?」
すると明石はふいっと目を背けた。
「労務管理も一応仕事のうちだからだ」
一度口を開き、そして村山は言葉を飲み込んだ。
「……特に困っていることはありません」
明石は頷く。
「それならいいんだが、……ただ、あれから一年経つ」
「あれ、とは?」
「お前の入院だ」
村山は顔を強ばらせて相手を見た。
「そろそろ整理してもいいだろうと思い、お前の血液を処分しに行ったんだ。そうしたらそれは誰かに持ち出されており、確認したらその数日前に小金井が部屋に来ていたことがわかった」
再び明石は強い瞳で村山を見る。
「お前、脅されてるんじゃないのか?」
心が千々に乱れた。
このまま明石の助け船に乗れば、そうすれば……
だが、
(……駄目だ)
そんなことをすれば明石をも巻き込むことになる。
うまくいったとしても、明石に借りを作ることになる。
(それは、できない)
放っておいても小金井は、遠くない未来に消えてなくなることがわかっていた。
ここで彼の差し出す手をつかむ事に、何の意味があるのか。
「……いいえ」
今だけの我慢なら、別段苦にするほどのものでもない。
「そんなことはありません」
「……そうか」
明石は頷いて歩き出す。
もう日が落ちているので、見舞客もなく病棟は静かだ。




