露見1
麻酔が覚めた患者の全身状態が戻ったことを確認してから抜管する。
手術室は入り口が二つあり、基本は一方通行だ。
手術が終わった場合は、当然ながら清潔区域であるホール側には出ず、廊下側から退出する。
処方変更などを忘れないうちにしておきたかったので、村山は麻酔医に挨拶をしてから先に手術室を出た。
(……あ)
家族に手術が問題なく終了したことを告げるために先に出ていた小金井が、まだエレベータ-の辺りに独りで立っている。
内心、しまったと思ったが目線があったのでもう引き返せない。
「今週の日曜日、十一時だ。わかってるな」
小金井が日時を口にした場合は、実験台になるための時間を都合しなければならない。
マウス扱いされたり、思ってもいない賛辞を強要されることだけでなく、ただでさえ時間が惜しい彼には相当な痛手だ。
「……はい」
返事を返すと、小金井は嬉しそうにこちらを見やった後、到着したエレベーターに乗った。
村山は一緒に行動したくなかったので、そのまま階段の方へ歩く。
小金井はしばらくドアを開けていたが、村山が入らないのを見て扉を閉めた。
(……ふう)
息をついて歩き出した村山は、ICUから出てきたらしい明石がこちらを見ているのに気がついた。
「終わったのか」
「はい」
彼は小金井が乗ったのとは別の、遠い方にあるエレベーターに向かって歩いて行く。
何となく村山は後に続いた。
「小金井の手術は凄いだろ?」
「……はあ、まあ」
歯切れの悪い返事を返すと、明石は顔をしかめた。
「お前にとっては、ああいう手技は学ぶところが多いはずだ」
「……というと?」
「いわゆる天才型だ。閃きがそのまま最適な方法の選択につながり、そして高度な手技のスキルがそれを助ける類いの」
「俺はともかくとして、先生だってそうでしょう? 名医の誉れ高いくせに、何を言ってるんですか」
村山のすねに激痛が走った。
「次、そんな事を言ったら頸動脈を圧迫するぞ」
「俺は嘘は言ってません」
明石は心底不愉快そうな顔で村山を見る。
「俺は手術中に閃いたことなど一度もない。調べても調べてもそれでも足りなくて、一歩を踏み出すのに相当の勇気がいる」
そんなことはない、と言いかけたが、そこのところは他人が見てわかる部分ではないので口をつぐむ。
「俺は系統図を作り、それを展開して次ぎに進む。駄目な場合はどうか、これが駄目なら次はどうか、そうして正解を探し続ける。だが、お前や小金井は違う。気づけば正解が瞬いていて、それを手で摘むだけだ」
「俺も先生と同じです。系統だてて取捨選択しないと何が何だかわからなくなるから……」
「その早さが尋常じゃない」
「え?」
「恐ろしく頭の巡りが早くて、一瞬にして分析図解を作ってしまう人間と俺とを一緒にするな。ある意味、お前は瞬いているその正解を選ぶ行為に理屈をつけているだけとも言える」
村山は首を横に振る。
人が何を考え、どう行動するのかがわからなかった過去、とりあえず全ての状況を網羅することで他人の行動をパターン化し、人の目を誤魔化した。
「どんなことでも一度、抜けがないかを確認しないと不安なのは俺も先生と同じです」
機械いじりや手術などはともかく、人間の感情や行動には理解しがたい事が多い。
「腹を切るときは違うだろ?」
「え!」
「人間関係の連関は穴だらけのくせに、合理が先に立つ現象は完璧だ。手術に関しても、いつだって正しい答えに向かってメスを動かしているだけじゃないか」
心を読まれたのかと思い、村山は明石を凝視した。
「……でも」
村山は強いて声を出す。
「俺は先生みたいな手術がしたいんです。小金井先生のような手術は嫌なんです」
言ってから、明石の目線が彼の後ろにあることに気づき、村山は背後を振り返った。
「悪かったな、俺の手術が嫌いで」
そこには不機嫌を絵に描いたような小金井が立っている。
手に臓器の入った容器をまだ持っているところを見ると、村山にそれを渡すために戻って来たらしい。
「誤解があってはいけないから説明をしておく」
明石がいつもと変わりない口調で小金井に対する。
「手術のスタイルの話だ。俺は村山がお前の手技に学ぶべき点が多くあると思ったからチームにした。だが、こいつはその辺りを理解していないようなので今、解説をしている」
「理解はしているさ。手術の終わったその翌日には、俺が長年かけて会得したこつをそのまま実践してやがるんだからな」
明石はわずかに目を細める。
「それならいいんだ」
「なのに、レベル的には俺より随分下のお前なんぞの方がこいつには上手に見えるんだと?」
仕方なしに村山は言い訳をする。
「上手か下手かという議論ではないんです」
「なるほど、だから俺のは、嫌、なんだな?」
「嫌だなんて言ったのは語弊がありました。申し訳ありません。でも、明石先生は良い外科医なので……」
小金井は舌打ちをした。
「いい機会だから教えてやろう、本物の良い外科医ってのは、リスクの高い手術を成功させる医師だ。そりゃ、失敗もある、だが、三割の確率でしか助からない患者を五割生かせばそれは優秀なんだよ。明石のように、絶対に成功する手術しかやらずに偉そうに威張ってるのは狡猾なだけだ」
「それは違いま……」
言いかけて村山は黙った。
小金井の額に青筋が立ったからだ。




