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まどろみ  作者: 中島 遼
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バイト帰り2

「……で、俺に話って何です?」

 単刀直入に言うと、相手は頷いた。

「さっき、私は涼の友達だって言ったけど、本当は友達以上になりたいの。もちろん、奥さんと別れてもらおうなんて思ってなくて、大人同士の深い仲になれればそれだけで充分なのよ」

「……へえ」

 高津は意地悪く笑った。

「いいんじゃない? 貴女綺麗だから大抵の男なら一瞬で落ちると思うよ」

 これで青ければ、高津だって簡単に籠絡されうる美貌だ。

「でも、涼には色仕掛けが通じないのよ」

 高津は肩をすくめた。

「それは俺に言われたって困る。何ともしてあげられないよ」

「そんなことないわ」

 マンションのオレンジの光の下で、女は妖艶に笑う。

「貴方たちは彼のウィークポイントだと私は思ってるの」

 高津は顔をしかめた。

 去年の今頃まで、高津自身もそう思っていた。

「残念だけど、冒頭言った通りさ。もう俺と村山さんの間には何もない」

 苦笑とともに肩をすくめる。

「多分、あの人は俺がどうなろうと何とも思わない」

「本当にそうかどうかを試してみたいの……貴方もそうでしょう?」

 再び外灯が遠くなり、相手の表情が読みにくくなる。

 しかし、この女性に関してはあまりそのことに対する問題はない。

 感情の起伏が少なく、冷徹だ。

 笑っているように見えてもそうではなく、笑い顔を貼り付けたマシーンのように裏では単に計算し続けているだけ。

 表情以外からでも相手の感情を読み取ることに長けている高津でさえそうだ。

 普通の人間なら、全く読めないかあるいは完全に演技に騙されることだろう。

「村山さんは高校時代の俺の、ちょっとした暇つぶしさ。もう正直会いたいとも何とも思わない」

 高津は一気にまくし立てる。

「そういう訳だから、俺とこれ以上話をしても無意味だよ。じゃあね」

 女はくすりと笑った。

「貴方、この間、あの町にいたでしょ、ほら先月の……」

 女が言った日付を聞いて、高津は目を見開く。

 それは、萌がジョンと一緒に穴に入った日だ。

「あの日から一人の外国人が行方不明なの。そして、その外国人がまさにその日、貴方のお友達の女の子と一緒に病院前を歩いている動画を私は持ってる」

 声も出せずに高津は黒く長い髪を見つめる。

「警察に持ち込んだら、きっと大騒ぎになるでしょうね」

 相手は高津の気持ちを知ってか知らずか、楽しそうな声を出した。

「それから時間をおいて、今度は夕方近くに彼女と貴方がバス停に立ってるのも映ってる。その間に何があったのかって、誰しもが疑問に思うはず」

 恐怖が押し寄せた。

 女に対する殺意すら。

「……あ、貴女が言ってることが出任せだなんてすぐにわかるよ」

 高津は抵抗した。

「そもそも、そんなところでビデオを撮る理由がないだろ?」

「私は涼が好きでずっとストーカーしてるの。だからあの病院の周りには何台もカメラがあったりする訳」

 背筋に走った寒気に気づかぬふりをする。

「信じなくてもいいけど、事実でなければ私がこんなことを言いに、わざわざ大阪まで来るはずがないでしょ?」

 その通りだと思ったが、あえて無視をする。

「あと、何でこの話を俺にするの?」

 高津はわざとらしく吐き捨てるように言った。

「どう考えても、今の話だったら俺じゃなくて萌に話をするのが順当じゃない? わざわざ大阪になんて来ないでさ」

 萌、とあからさまに名前を言ったのは、相手がそれをわかってることが前提だ。

「いいこと? 私の目的はこのことを正義感ぶって警察に通報することではないの。あくまで目的はそれをネタに涼と仲良くなりたい、ただそれだけ」

 彼女はくすくすと笑った。

「あの子に言ったら、その足で警察に自首しにいくでしょ? 涼に迷惑をかけないように」

 高津は立ち止まって相手を睨む。

「自首もくそも、俺たちは何もやってないんだから関係ない」

「やってなくても何かを知っていると、周りの人に思われるような状況よ? そしてそれを涼が見過ごすかどうかがこの件の焦点」

 女も立ち止まり、長い髪を振った。

「私が貴方にこの話をしたのは、貴方から涼に命乞いをしてもらいたかったの。その方が効果的だから」

 高津は眉間にしわをよせる。

 この女は高津たちのことを熟知している。

「……で、萌だったら村山さんにそんなことを頼むはずがないけど、俺だったら頼む、だから俺に言いに来た。そういうこと?」

「その通りよ」

 女は頷いた。

「来週火曜日の郵便配達で、ビデオはCDの形態であの町のケーブルテレビ局に送られる。送られる部署は、この町トピックス、っていうコーナーで、メディアは他の視聴者のものと一緒に火曜日の夜、十時頃から担当者がセレクトして、面白いものを十個選び、それを上司に水曜日に持って行く、そういう段取りになってるわ」

「テレビ局ってどこ?」

「駅前にあるから調べなさい。そこの四階の一番西側の部屋で担当者がスクリーニングにかけるから」

 どこからどこまでが本当かはわからない。

 だが、彼女の目的がこの事実を言うことによって村山を動かそうということなら、何か罠をしかけて待っているはずだ。

(……村山さんの事をよく知っているなら、この日付やケーブルテレビ局の人の行動パターンは事実だろう)

 村山なら、容易に調べ上げるレベルの話だ。

 だが、とりあえず高津は念を押すことにした。

「……どこまでが本当?」

「全部よ」

「どうして手の内を俺に教えるの?」

「私が貴方に言ったことは全部本当だけど、本当のことを全部言った訳じゃないの」

 声が魅惑的に響く。

「ゲームはルールがないと面白くないでしょ? 絶対に勝つ賭けなんてつまらないもの」

 女が片手を挙げた。

「じゃ、またね」

「二度と会わないと思うよ」

 それには答えず、女は彼に背を向けた。

 その姿が視野から消えても、高津の足はこわばり動けない。

 汗がどっと流れた。

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