バイト帰り1
とりあえず、萌とは電話で話をし、今回のことは他人に口外しないということまでは決まった。
高津としては、できればなかったことにしたいと思ったが、思い詰めている萌にそこまでを言い出すことはできなかった。
(その場合、これからどうするか……だな)
一番怖いのは、ジョンと名乗った男の身元を調べ、遺族に死に様を伝えるという選択肢を萌が選ぶことだ。
(俺はそんなの避けたいけど)
何をどう考えても、やっかいな状態に陥ること請け合いだ。
しかもその場合、萌がいなければ開かないあの不気味な穴に、一般の人を入れることになる。
(……あれは危険だ)
高津に生理的に恐怖を抱かせたあの穴は、恐らくこの世にあってはならない場所だ。
萌が中に入っていなければ、絶対に近寄ったりしなかったろう。
(ひどく不安定な場所に思えるし)
指輪がどうしても萌から離れないので、他人が穴に入るためには萌が水先案内する必要がある。
それも高津の恐怖をあおった。
ふとした拍子に、あの穴がこの世とつながらなくなってしまったら、萌は戻ってこれなくなる。
(そんなリスクを負わせる訳にはいかない)
高津はため息をつく。
もちろん萌がその方法を選ぶことを躊躇するのはわかっていた。
人目にさらされることを極度に嫌がる彼女のことだ。
たくさんの人に説明をして、テレビなんかに出演して……などと言ったら絶対にできないと身を震わせることだろう。
(……だけど)
高津は知っていた。
萌の正義は萌よりも強い。
今は混乱し、方法について検討する余裕のない状態なので、思考がすぐにそこに至ることはないだろうが、そうすることが最も正しいと思ったなら、萌は必ずその方法を選ぶことだろう。
(……ってことは、俺が正しく誠実で、危険の少ない他の方法ってのを探さないといけない訳か)
例えば、
(あの穴にリソカリト以外の人が入ったら、みんな殺されるかも知れないから、これ以上人が死ぬのを見るのが嫌なら、なかったことにすべきだと嘘八百並べるとか……)
高津はため息をつく。
荷が重い。
(こんなときに……)
ここにいて欲しい誰かのことを考えそうになり、高津は一つ首を振った……と、
(!)
暗い夜道、遠くに感じたのは随分前に出会った混沌の女の気配。
(……俺と接触する気か?)
この時間に彼がバイトを終わることがわかっていれば、必ず通るその道の端にそれは静止していて。
少し戸惑いながらも、高津は意を決してその道に向かう。
今日は雨の予報だったので、自転車は乗っていない。
徒歩で行くしかなかった。
(でも、前の時だって、俺を値踏みしにきただけだったし)
道を変える方が怪しまれるに違いない。
脇目もふらず、真っ直ぐ道を早足で進んだ。
(危険だけど、俺に殺意があるという訳ではないし……)
だが、今日はすれ違うだけではすまなかった。
「高津さん」
わざとびくりと左に顔を向けると、暗闇でロングヘアの女が微かに会釈をした。
「少しお話があるんだけど、いい?」
困ったような顔をすると、相手は綺麗に微笑んだ。
「時間は取らせないわ。一緒にそこまで歩くだけで済むから」
仕方なく高津は頷いて女を傍らに歩き出す。
そうして明るい外灯の下で、初めて驚いた顔を見せる。
「貴女は……」
「あら、覚えていてくださったの?」
高津は頷く。
「ずっと前に、道ですれ違っただけだけど」
「記憶力、いいじゃない」
「……貴女、綺麗だから」
社交辞令でなく、事実だったので口にすると女はクスクスと笑った。
「気配り力あるのね、ほんと、涼に爪の垢を煎じて飲ませてあげたいぐらいよ」
その名を聞いた途端、喉が干上がった。
(……何故、この女が)
村山と関わっているのか。
(……まさか)
彼らの力を知って、一人一人見張っているのか?
しかし、どうしてそれがファーストネームなのか。
それを親しげに高津に告げる意味は何か……
「涼ってどなたです?」
「しらばっくれないで、貴方と仲良しの村山涼よ」
高津は口中のつばを集めて飲み込む。
「ああ」
努めて平静を装いながら、高津は言葉を選んだ。
「村山さんのことだったら、あの人は忙しいから、俺たちと遊ぶのやめるって言ってた。俺も大学入ってこっちに来たから別に会う機会も必要もないし、もうほとんど他人だよ」
一点の曇りもない事実。
「それより、貴女は誰? 何で俺のこと知ってるの?」
「私は涼の友達。貴方の事は彼から聞いてる」
第六感がそれは嘘だとささやいた。
「村山さんが? 俺のことをどんな風に?」
「いい友達だって言ってたわ。……確かにこの頃は貴方たちの話、あまりしないけど」
高津は頭を回転させる。
彼女がこんな風に嘘を連発できるのは、村山と高津が疎遠であることを知っているからだ。
(……俺が直接村山さんに確認できないことを知ってるから、嘘をつける)
相当調べられていると思って接した方がいいかもしれない。




