日傘2
「……そう」
女性は目をわずかに細める。
「ところでね、貴女とどこかでお会いした気がするんだけど、気のせいかしら?」
「あ……」
萌は相手を見て頷いた。
「あたしも同じことを思ってたんです」
そうして頭をかく。
「でも思い出せなくて」
「私もよ」
二人は顔を見合わせて笑った。
「お名前、聞いていい? 呼びかける時の」
「萌です」
「可愛い名前ね。私はえりこ」
女性は言いながら立ち上がった。
「時々ここに来るの?」
「春や秋には」
暑い時期はさすがに来ることは少ない。
「そう」
風が流れ、えりこの髪がさらりと舞った。
彼女は優雅にそれを手で押さえ、風の来る方向に日傘を向ける。
「じゃ、また。秋にでも会えるといいわね」
その気長さが、性急な女子たちと違って大人に見える。
「はい」
軽く手を振って去って行く後ろ姿。
(あんな風になれたらな)
ため息をついてから、ゴミをゴミ箱に入れる。
そうしてゆっくりと予備校に向かった。
と、
「ちょっと、萌、どこ行ってたのよ!」
田島美津紀が手を振った。
最近では、恵那も彼女も萌の事をファーストネームで呼び、田島のことも美津紀と呼ぶように強制している。
「コンビニ」
「何で?」
「お昼ご飯買いに行って」
「持ってないじゃない」
「お腹がすいていたから公園で食べちゃった」
美津紀が呆れたようにこちらを見る。
「ほんと、萌って変わってるよね」
恵那も頷く。
「いいな、悩みなさそうで」
「まあね」
中途半端な笑いを浮かべ、萌は二人の後ろについて教室に入った。
「ね、真理子知ってる?」
萌は首を横に振った。
「どこのまりこさん?」
「木鳥真理子よ、前にあたしたちと一緒のグループにいた」
ということは由美の友達か。
「ほら、茶髪でセミロングの」
正直、この予備校では黒髪の方が少ない。茶髪で識別は無理だ。
「ごめん、覚えてない」
「あの子、ずっと休んでたでしょ?」
と、言われてもどの子かわからないので休んでいたかどうかも不明だ。
「今日、予備校やめたんだって。……というか、親が解約しにきたらしいんだけど」
「……へえ」
何の感慨もなく萌は相づちを打つ。
「彼氏できたって言ってたけど、それがやくざだったらしくって、どんどん素行が悪くなって、遂に家を出ちゃったって」
彼女は声を潜めた。
「なんか名古屋で風俗で働いてるって話も聞いたよ」
「え!」
びっくりした萌に恵那が頷く。
「無茶苦茶ケバくなってて、会った子が驚いてたって」
「去年ぐらいから、やくざとか、そういう柄の悪い人、なんだか増えたよね」
「こんな田舎なのにね」
チャイムが鳴ったので、萌は二人の話を聞きながら教科書を机に出す。
そうして、それらの言葉を余所に、再びあの奇妙な穴と、消えた男の事に思いをはせた。




