日傘1
あの日、結局萌は高津に言われるがままにバスに乗った。
もちろん事実を受け入れる前にだ。
高津は萌の家の前で別れたので、その後テレポテーションで大阪に戻ったのだろう。
だが、その間のことを全く思い出せないほどの衝撃を受けていた萌は、高津の事まで気が回らなかった。
そして、今、それを深く悔いていた。
(……いつも、肝心なときにあたしは何もしない)
守られてばかりの己に嫌気がさす。
高津が繊細な心の持ち主だと言うことを萌は村山から聞いて知っている。
萌よりもずっと人に気を遣い、萌よりもずっと人のために心を砕く。
ならば同じようにショックを受けても、彼は萌よりもずっと心に深く傷を負うはずだ。
(……なのに)
自分はまた高津に甘えてしまった。
(……いつになったら、強くなれるんだろう)
腕ばかり鍛えても、メンタル面が弱ければ話にならない。
その後で高津から電話が来たときも、結局はこの話について最終的な決断を二人とも避け、当面秘密にすることだけ合意している。
(……それも、あたしが弱いから)
現実を直視すれば、選択肢は自ずと明らかだ。
(ジョンさんの家族を探し、彼が死んだことを伝える)
しかし、それを考えるとどうしても足がすくむ。
(警察に言って、全てを話して……)
それは、世間に自分の身がさらされるということだ。
好奇、いや嫌悪のまなざしが多数こちらに向けられ、そして萌の異常がどんどん暴かれて……
公園のベンチに座って、萌が幾度目かのため息をついた時だった。
(……?)
白い日傘の女性が一人分だけの席を空けて、萌の横に座った。
(珍しいな)
この公園に来る人は少ない。
子供はもっと通りから離れた車が少なく、もう少し広い公園に行く。
大人はさらに来ないので、何となく空間にぽっかりと空いた異質な場所のように置き捨てられている。
昼ご飯に食べていたパンの最後の一かけを口に入れて、紙パック入りのコーヒー牛乳を飲みながら、萌はちらりと横を見る。
ロングヘア、スタイルのいい身体。
どこかで見たことあるような……
「!」
不意に女性がこちらを向いて、にっこりと笑ったので萌は飛び上がりそうになった。
(……綺麗な人)
やっぱり既視感がある。
だが、それがいつだったかを思い出す前に相手は口を開いた。
「暑いわね」
「は、は、はい……」
緊張して少しどもる。
「いつもここでお昼ご飯を食べてるの?」
「たまたまです」
数ヶ月前ならともかく、今は食堂で友人たちと食べることが多い。
今日は物思いに浸りたかったので、声をかけられる前にさっさと外にでたのだ。
「ため息ついてたけど、一人で物思い?」
「……いえ、そんなんじゃないです」
慌てて首を振る。
「恋の病って訳でもなさそうね」
それには大きく頷く。
「……悩み、あるんだったら彼氏に相談すればいいのに」
「あ」
今度は小さく首を横に振る。
「彼氏、いないので」
「え?」
相手は驚いたように萌を見つめる。
「こんなに可愛いのに、世の中の男子は何をしてるのかしら」
答えようがなくてただ首を振ると、女性はふっと笑う。
「でも、好きな人、いるんでしょ?」
「あ、その……」
「とても格好よくて頭が良くて、優しくて素敵な人なのよね」
「えっ!」
今度は跳び上がるほど萌は驚いた。
「どうしてわかるんですか?」
「もちろん出任せ。女の子って、好きな人は大抵そんな風に見えるものだから」
「……なんだ」
ほっとしてコーヒー牛乳を飲むと、また相手は微笑んだ。
「その人に相談すればいいのよ。そしたら話すきっかけができるし、悩みも消えるし、一石二鳥よ」
それができれば世話はない。
「……迷惑かけるぐらいなら、悩んでる方がましな程度の問題だから」
自分に言い聞かせるように言ってみる。
本当に、相談できればどんなに幸せか。
相談できるほど、相手が近しい存在ならどんなに幸せか……




