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まどろみ  作者: 中島 遼
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doubleclock2

 夜になり、業務を終えた村山は駐車場に向かった。

 このところ全くエンジンをかけていなかったので、今日は車で来ている。

 少しだけ峠を攻めてから家に帰ろうという寸法だ。

「……寒っ」

 当然、コートは着ていないので寒さが骨身にしみる……

 と、

「こんばんは、涼。やっと会えて嬉しいわ」

 暗闇から現れたサングラスの女を見て、村山は微かに眉をひそめた。

「それでなくても去年からずっと貴方、なかなか病院から出てこなかったでしょ? 二人きりになれるチャンスが全然なくて、寂しかったのよ」

 わかっていながら彼は首を傾ける。

「……あの、どちら様でしたでしょうか」

「もう少し違うリアクションがあっても良さそうなものじゃない?」

 英莉子は笑った。

「生きてたのか、お前! って言って驚く、とかね」

 村山が歩き出すと、英莉子は断りもなく横に並ぶ。

「他の二人は残念ながら貴方の罠にかかって死んだわ」

「何の話をしているのかわからない」

「確かに彼ら二人を実際に殺したのはあのときの依頼者だわ。あの依頼者の個人情報を掴み、それを元に脅そうなどと考えた馬鹿な二人の末路……って風に端からは見えたわよ」

 くすくすという笑い声が横でする。

「そしてその依頼者のヘッジファンド・マネージャも、どうしてか某国の情報部に暗殺されちゃったし」

 無視をしたが、彼女は意に介さずに会話を続ける。

「……いずれにしても、私を見て驚かないってことは、逃げ道を確保してあったのは偶然じゃなかったのね」

 英莉子が村山の袖を引いたので、彼はそれを振り払った。

「ね、どうして私だけ助けてくれたの?」

 本当のところは、三人とも逃げ道を持っていた。だが、それに気づいて逃げおおせたのが英莉子だけだったと言うだけの話だ。

「おいっ!」

 英莉子が彼の車の助手席の方に回ろうとしたので、村山は歩みを止める。

「俺の愛車に触るな、汚らわしい」

「私、男性にそんなこと言われたの、初めてよ」

 彼は腰に手を当てた。

「断りなく俺の車に触れると命はないと思え。今、お前がここで無事に生きていられることを感謝するんだな」

「……何それ?」

 裏に込められた意味がわかったのだろう、英莉子の眉が上がる。

「……私が生きてるのは貴方の憐れみのお陰って言いたい訳?」

「憐れみ?」

 村山は目を細めた。

「お前のような奴にそんなものをかけるかよ」

「じゃあ、何なの」

「強いて言えば、暇つぶしのゲームさ」

 英莉子はじっと村山を見る。

「不思議ね、半年前に会ったときとは別人みたい」

 そうだろうか。

 村山にも既にわからない。

 だが、一つ言えることは、もしそうであるならそれは彼らのお陰だ。

 その感謝の気持ちがあったからこそ、彼は英莉子ら三人に逃げ道を与えたのかもしれない。

「ねえ」

 英莉子はいつもの意地悪そうな顔に戻る。

「もし、生きながらえた私が貴方の生活を滅茶苦茶にしようとしたら、どうするつもりだったの?」

「いい加減にしないと、警察に通報するぞ」

 この女が国際指名手配されるように仕向けた場合、最短でどれくらいの日数がかかるだろうかと村山は頭の片隅で計算する。

「警察で貴方やそれから子供たちの不思議な力……超能力とかそういったことを一杯喋っちゃったら?」

「悪いが妄想につきあってる暇はない」

「高校生……じゃなくて、大学生と浪人生の二人に手を出したら?」

 村山は軽く肩をすくめた。

「対策済み、って訳ね。……まあいいわ」

 外灯の下で、英莉子は艶やかな笑みをみせる。

「……それはそうと、半年前に彗星みたいに現れて、世界中から注目されているハッカーのこと、貴方ご存じ?」

「堅気の俺が知るわけないだろ」

「ハンドルネームは、ダブルクロック」

「それが何?」

 退屈そうな顔で言うと、英莉子はつくづくと彼を見つめた。

「貴方でしょ? あのハッキング術、……無駄を全てそぎ落とした芸術的なまでの美しさ。あれは過去に私が初めて出会った時の貴方の姿そのもの」

「残念だが、お前が何を言ってるのか、さっぱりわからない」

「私と組まない? そうすれば貴方のことを他にばらしたりしないわ」

 彼は無視して運転席へと向かい、鍵を開けると一人で車に乗り込んだ。

 幸い、彼の車は型が古く、助手席は内側からしかロック解除ができない。

「二度と顔を見せるな」

 言い捨てて車のドアを閉め、そしてエンジンをかけると村山はそのまま発車した。

(……予定通りだ)

 この半年間、彼はひたすらハッキングの腕を磨いた。

 そうして時折、星くずのように彼の存在をネットの中に撒き散らした。

 やり方は簡単だ。

 難攻不落と言われているシステムの攻略法を、あらかじめ予告した場所と時間に掲載する。

 いち早く気づいた第三者がそれを読めば、そのシステムは赤裸になる。

 しかし一応予告状を出しているので、仕掛けられた方にとっては準備万端で臨め、またそれまでは実害がないため、通常の悪質なハッカーよりは好意を持って迎えられたし、バグの修正どころを知る上で参考になるとも言われた。

 今や、「doubleclock」は世界中に信奉者を持つ。

 彼のファンには一般的なハッカーのみならず、CIAやNATOの情報部員さえいる。

 誰もが彼を特定しようと追跡し、そして誰もがそのたび煙に巻かれた。

 医師として名だたる男になるとか、工学で名を成すとか、そういうのは彼の性分として無理だとわかっている。

 だが、ハンドルネームで渡っていけるネットの世界では、顔が見えないだけに存分にその腕を発揮できた。

 そして、その正体が彼であることに英莉子が気づくだろう種を蒔いたのは故意だ。

 既に英莉子は仲間からも見放され、独りで足掻いている。

(だとすれば、あの女は俺に商品価値がある限りは手を出してはこない)

 憤怒に任せて、相手を破滅させるような真似をするタイプでないことは情報として知っている。

 あくまで怜悧で、人を数字に換算して秤で量るような女だ。

(こうやって俺に顔を見せたと言うことは、すぐに陥れるつもりはないという証拠だしな)

 麻薬で壊して、刹那的な利をとるよりも、口説き落としてロイヤルティを稼ぐ方を今後は選ぶことだろう。

 しかも、彼女は彼が己の命より誇りを選ぶことをすでに知っていた。

 村山は薄く笑む。

 どうやってあの女が彼を踊らせようとするのかが見ものだ。

(逆にこっちも利用できるだけ利用してやる)

 ゲームのスタートボタンが今押された。


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