モーニング2
一階にあるレストランは、本来開く時間より十分程早かったにもかかわらず、彼が行くと席に案内してくれた。
バイキング形式だったので、適当に卵料理と肉料理、そしてサラダとパンを取って席に戻る。
(……牛乳飲んで、後でコーヒーにしよう)
トレイを置いて飲み物を取りに行き、そして椅子に座った時だった。
「ご一緒していいかしら?」
驚きを顔に表さないようにして、彼は首を横に振った。
「断る]
「つれない人ね、ほんとに」
断ったにもかかわらず、英莉子はトレイを置いて四人掛けのテーブルの一席を占拠する。
そして、サラダとパン、コーヒーを優雅な手つきで食べ始めた。
村山は無視をして、新聞を読む。
「いいことを教えてあげましょうか?」
黙っていると、彼女はさらに言葉を継いだ。
「オズワルドっていう夢想家がいたの。彼は祖父の代から伝わる日本の宝の鍵というのを大事にしてた。でも金遣いの荒い母親が破産してそれが売りに出されてショックを受けた」
「……一向に話が見えないが」
「ある組織の情報屋に金を払ってその宝の鍵たる指輪をようやくみつけたら、それはとある大きな研究所にあったのよ。未知の物質でできているってことで箝口令が出るほどの逸物としてね」
村山は牛乳を飲んだ。
「そこでオズワルドは研究所の職員として雇用され、その指輪の担当者であるジョニーという男と仲良くなり、事情を話して指輪を盗み出すことに成功した」
正直、結論が見えない言葉の羅列は騒音でしかないと村山は思う。
「だけどそのジョニーが悪い男で、指輪の価値をオズワルド以上に知ってた。だから日本まで来て、名古屋でオズワルドを情報屋のつてで頼んだ殺し屋に頼んで消した」
「映画の予告なら他で喋ってくれ」
「ところがそのジョニーもまた、宝を見つけたという日記をホテルに残したまま失踪した。その彼が最後にいたと思われるのはGPS等から考えて、貴方の町周辺らしいのよ」
村山は新聞をたたみ、フォークとナイフを手に取った。
この場から離れるためには、とにかく朝食を終えるのが早いと思ったからだ。
「ジョニーが使ってた情報屋は私の知人なんだけど、今まで一度たりとも嘘や過大なデマを流したことがなくて信用できる男なの」
村山はウインナーにフォークを上からぶすりと突き刺した。
「で、ここからが本題なんだけど、その宝探し、貴方の友達の大学生と浪人生も関わってる可能性があるの」
村山が完全に無視をすると、英莉子は微笑む。
「続き、聞きたくない?」
村山は肩をすくめてタマゴを食べる。
「あの二人は可愛いわね。特に萌ちゃん。殺気放つと凄く緊張しちゃって。今度会うときは弛緩して会わないと警戒されちゃうかも」
「……お前、一体誰? 気味が悪いから話しかけないで欲しいんだけど」
「まあ。ガードの堅いこと」
英莉子はコーヒーを飲んだ。
気づけば相手の皿に、既に食べ物はない。
思いの外、早食いのようだ。
「とりあえず、次はここをお願いしたいの」
見せられたのは、またURL。
一瞥した彼は、再び新聞に目を通す。
「俺は自分のことで忙しい。とっとと帰れ」
「何かお手伝いができることがあれば言ってちょうだい。力になるわ」
彼は英莉子を睨んだ。
「自分の町で俺の入院中に起きた殺人事件の犯人を、とっとと警察に突き出したいって事ぐらいだな」
「……へえ」
当の殺人犯は不敵に笑う。
「正義感が強いのね。私も出来る限りのお手伝いをするわ」
村山は牛乳を飲み干す。
「犯人が誰だかわかって言ってるのか?」
「残念ながら知らないけど……貴方はどうなの?」
コーヒーを諦め、彼は新聞をたたんで立ち上がった。
「うちの医長をライバル視してる男が、その頃近くにいたらしい」
「……それって、貴方に言い寄るセクハラ野郎?」
村山が微かに表情を作ると、英莉子は優雅に微笑む。
「じゃあね」
振り返りもせずに村山は部屋に戻った。
(……コーヒーはチェックアウトしてから、適当な店に入って飲もう)
その方がゆっくりできる。
(……考えるべき事は一つ減ったが)
このところ、ずっと小金井について調査をし、彼をどうするかについて村山は色々と考えていた。
そうして調査をしていくうちに、意外なことがいくつかわかった。
小金井は明石のいる大学病院に勤務したことがあり、彼と一年間同僚だった時期がある。
そして、そのときから明石をライバル視し、自分の方が明石より優れていることを立証するために粘着質的努力をしたらしい。
明石がアメリカに行ってからは接触はなかったが、彼が日本に戻ってきたことを聞きつけ、近くの大学病院に席を移したのもそれが理由だろう。
何度も彼が村山の病院のホームページや求人情報を見ていた形跡からして、何かあったら乗り込むつもりで機会を待っていた可能性は高い。
小金井があの時期、時折ではあるが彼の町をうろうろしていたのもきっとそのためだ。
(……それを利用させてもらう)
実のところ、彼が警察に怪しまれたくないのは彼と細川の関連性だ。
犯人さえ現れてしまえば、おびえる事は何もなくなる。
村山は息を一つついた。




