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まどろみ  作者: 中島 遼
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地下への入り口2

(……ん?)

 会話に日本語と英語が交互に混ざり始めた。

 どうやらみどりんを呼び出したようだ。

 高津は耳を澄まして携帯に聞き入る。

「その指輪を返してもらえるなら、ここで別れてもいいと思っていた。だが、指から外れないとなると、一緒に来てもらわないと話が始まらない」

「一緒に行ったらどうなるの?」

「穴があくんだ」

「は?」

「どう探してもなかった入り口が、君の出現とともに現れた。再び一人で行くと、その穴は消えた」

「……意味、わかんないんですけど」

「俺も何故だかはわからん」

 聞いてる高津もさっぱりわからない。

「俺の天に召された友人もそう言っていた。この指輪があったら道が開ける、と。ただ、先に進むのにパスがいるから、俺に手伝って欲しいと」

「天に召された友人?」

「その指輪を古文書と一緒に祖父から譲り受けた男だ。指輪と古文書は今から百二十年ほど前に、横浜の両替商が売り払ったものの中に混じってたそうで、由来等は不明だ」

「……ふへえ」

 萌が意味不明な相づちを打った。

 英語ではどう訳されているのかが多少気になる。

「その友人はつい先日、交通事故で命を落としたんだが、その一日前に鞄をうっかり盗まれてしまった。日本は安全で、置き引きやスリのような人間は存在しないと思っていたらしい」

「……それは済みませんでした」

「やっぱりお前が盗んだのか?」

「はあ?」

 萌がぶんぶんと首を横に振っている姿が目に浮かぶ。

「とんでもないです、全然違います」

「では、何故謝る?」

「日本国民として治安維持を果たせなかったという点で、それは申し訳ないなと」

「謝るべきは、指輪を盗んだことだろ?」

「だから、ゴミ箱に落ちてたのを、友達があたしに冗談ではめたら取れなくなったんだって」

 萌はやや小声になった。

「そのゴミ箱に捨てられていた鞄を警察に届けたら、持ち主が亡くなってたって知ったのは後の話なの」

「え?」

「まさかビジネスバッグから、こんな安っぽい指輪が転がり落ちるだなんてそのときは全然思わなかったから……」

 萌が友達と公園でランチを取った際に鞄を見つけて警察に届けた話をすると、相手の男はくそったれとつぶやいた。

「ある意味、君と俺がこんな風に出会うことができたというのは、偶然以外の意思が働いていると思いたいな。俺の友人の引き合わせという奴か」

 二人はどんどん山の中腹に向かって歩いて行く。

 それも、道なき道だ。

 怪しまれないように相当距離を置いて後をつけているため、高津の能力を持ってしても、彼らの位置は把握できても、どのコースを通ったかがわからなくなるときがある。

(……正直、どこを歩いてるのか、俺には全然わからない)

 低い山は迷わないと言うのは間違いのようだ。

 うっそうと茂った木々は方位間隔を狂わせ、真っ直ぐに歩いているつもりでもそうはなっていない。

 しかもこの辺りの山は単独で立っている訳ではなく、山同士が連なって小さな山脈を形成している。

 谷を経ずに次の山に入るということも可能であり、その場合は更に遭難する危険が倍増する。

(あっ!)

 と、突然、彼の視野……というか、彼の間隔から萌と外国人の気配が消えた。

 まるで、ライトが消えるかのように。

 慌てて携帯に耳をつけたが、どうやらこっちも切れているようだ。

(も、萌っ!)

 高津は走った。

 全力で駆ける事で、恐怖を消し去るように。

 彼のアンテナが見せる赤や青の色。

 それが突然消えた経験なら、夢の中で幾度かある。

(ない、絶対にそんなはずはないっ!)

 汗が目に入った。

 斜面を滑ったり、払った木の枝が顔にぶち当たったりしたが、そんなことは関係なかった。

「萌っ!」

 彼らが消えた地点に到達した高津は絶句した。

(……どういうことだ?)

 山の壁が木々の間にある。

 丈高い草に覆われた何の変哲もない場所。

(……だけど)

 間違いなくここで萌たちは消えた。

 そこに死体がない、ということが心を幾分軽くする。

 高津は辺りを見回し、何か様子の変わったところはないかを探した。

(……あれは)

 何となく、踏みつけられた感のある草が数メートル先に見えたので、高津はそちらに向かう。

 木々の間をすり抜け、草を踏みつけかき分けてすすむと、山壁の際まで来た時に、何か妙な穴を高津は見つけた。

 暗いというよりは、黒い穴だ。

 直径は80センチ程度。まるでCGで作ったかのように、取って付けて貼った感じが異様である。

(……気味悪い、けど)

 さっきから沈黙している携帯電話をちらりと見て、高津はさらに草をかき分けた。

(入るしかない)

 萌がこの中にいるのは間違いないという確信がある。

 身体をかがめ、高津は一歩中に踏み込む。

 二メートルほど進むと、やや腰を曲げる必要はあったが、立って歩けるだけのスペースが生まれたのでスピードを上げる。

(……萌っ)

 不意にまた萌を表す深いマリンブルーの光が点いた。

 だが、不安なのは、隣の男の色がさっきとは変わって赤みを増していることだ。

 萌に危険が迫っている可能性は高い。

(そんなに遠くはない)

 高津は走った。

 そして、足音が響くと思われる八十メートル前ぐらいで速度を緩め、ゆっくりと二人に近づく。


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