地下への入り口1
久しぶりの故郷だが、今はそんな余裕はない。
目の前で萌と外国人が少し会話し、外国人が萌の指から指輪を外そうとして失敗した。そしてその後二人で北の山に向かって歩いて行く。
高津は少し距離を持ったまま、そっと後をつけた。
相手は赤くも青くもない。
好意も敵意もないビジネスライクな関係によく見られる状態だ。
つけっぱなしの携帯から、微かに二人の声が聞こえる。
(……いいぞ)
喋れないなりに、萌は頑張っているようだ。
(まだみどりんを出すのは早いしな)
先週の日曜日、萌の電話を受け高津はしばらく絶句した。
低い山とは言え、地図もコンパスも予備知識もなしにふらりと山の中に入り、適当に歩いて迷ったあげく、
(……知らない外国人の男と二人きりになり、のこのこと後をついて行くなんてっ!)
悪い人間でなかったからいいようなものの、もの凄く明らかに大変危険だ。
(考えなしにもほどがあるだろ)
しかも来週また会う約束をつけさせられただけでなく、後をつけられて所在確認されるとは。
「この取れない指輪が欲しいらしいの」
そんなの口実に決まってる。
「で、どうするつもり?」
何となく自分の声がとげとげしく響いた。
「あまり人の多いところで会うとみどりんが出せないから、待ち合わせ場所は病院の側でも悪くないかなって」
「行くんだ……」
「だってしょうがないじゃない」
しょうがないかどうかを、もっと深く考えるべきだと思う。
「とりあえず、俺も行くから」
待ち合わせが病院前というのが酷く嫌な感じだが、日曜日なので許そうと思う。
あの男は土曜日はしばしば出勤していたが、日曜日は基本休みのようだったので……
「いいのかな」
「そりゃ、いいだろう。相手は一人で来いとは言わなかったんだろ?」
「それもそうね。でも……」
言いにくそうに言葉を切り、萌は続けた。
「結構お金、かかるでしょ?」
「いいよ、それぐらい」
他人と会う場合はテレポテーションを使えない。それを萌は心配している。
「バイトで稼いでるし」
「バイトって何をやってるの?」
「色々。不定期の作業員とか、あと予備校の教員フォローとか」
不定期の作業員については、松並に頼まれて仕方なくという側面もあったがそれはいいだろう。
部活には入らなかったので、余暇はそれなりにある。
「へえ、凄いね」
「普通のことだよ」
というより、そんなことはいい。
「とりあえず、プランを立てよう。どういう感じで相手の意図をさぐるか……」
「そうだ、圭ちゃんは最初からどっかに隠れているってのはどう?」
「え?」
「それで、何事もなければそのまま電車使わずに家に帰れるでしょ? で、何事かあったら電車で帰れば片道代で済むし」
「何事かって、どんなシチュエーションを想像してるの?」
「そうね。指輪欲しさにあたしの指を切り落とすとか、また、あの出会ったところに連れて行かれて、そこに放ったらかしにされるとか」
どちらもありそうにはないが、危機管理としては押さえておくべきところだろう。
「俺がいきなり君と一緒にいるよりは、確かに相手の本意がわかっていいかもしれないね」
「じゃ、作戦を考えましょっか」
萌は能動的だ。
「まずはみどりんを出すために、人のいないところにおびき出す、よね?」
「……うーん」
実のところ、語学に関しては高津も心許ない。
それでもまだ文字なら何とかなるが、リスニングはさっぱり駄目だ。
なのであまりそこのところは彼も萌の力にはなれない。
「喋らずに出来る?」
「相手の言葉を無視して、自分の言いたいことだけ言って歩くんだったら大丈夫よ。先回りメモにその言葉を書いておけばいいんだから」
「……まあ、そうか」
何となく不安はあったが、あえて問わずに高津は頷く。
「じゃ、それからどうするかだけど……」
「あ、ごめん。妹がちょっとうるさいから、後でまたかけるよ」
「何かあったの?」
「多分、お風呂に早く入れか、勉強しないでずっと電話してるのが腹立つとかそんなとこ」
姉妹というのはそういうものなのだろうか。
「そっか、長電話してごめん」
「違うの、こっちが話を聞いてもらってたから。じゃ、また頃合いを見計らって電話するね」
「明日でいいよ、俺もそれまでに日曜日のこと、ちょっと考えとくから」
「うん」
そう、それが高津が得た前情報の全てだ……
(……あ)
角を曲がったところで彼らが立ち止まったので、高津はびくりとする。
彼の能力は、視覚の届く範囲より広く相手の位置を補足することが出来るので尾行には向いている。
だが、気を張っていないと細かな動きがつかめないので、その都度神経を集中させねばならない。
しかし、彼らはまた歩き始めた。




