ジョン1
「ほんと、あれから大変だったんだから」
昼休み、誘われた学食でAランチを食べている萌に、田島がスプーンを振り上げた。
(……こっちもそうよ)
萌だって大変だったのだ。
昨日、二人と別れて家に帰り、色んな手段を使ったにもかかわらず、指輪がどうしても取れない。
妙には、そんなおもちゃをはめて何考えてんの? とか散々馬鹿にされるし、本当に困ったのだ。
「私も美津紀に巻き込まれたのよ」
隣にはやはり恵那がいて、同じようにAランチを食べている。
(……そう言えば、恵那の名字、知らないな)
ぼんやりと思いながらスープを飲むと、田島がこちらを睨んだ。
「ちょっと、聞いてる?」
「あ、うん。聞いてる、聞いてる」
必死で頷くと、相手はため息をついた。
「神尾さんと別れてすぐに、警察から電話があって」
「警察?」
「そう、昼間拾った鞄の話をもっと詳しく聞きたいって」
萌は首をかしげる。
「でも、届けた時に、たっぷり詳しく説明したじゃない?」
「それがね」
田島は声を潜めた。
「持ち主の人、名古屋で死んでるんだって」
「え、何で?」
「警察はあまり詳しく教えてくれなかったんだけど、交通事故らしいの」
田島はサラダを食べた。
「ね、犯罪の臭いがしない?」
「……特には」
「いや、するんだって、ホントに」
既に食事を終えていた恵那が考え深そうに言った。
「鞄を取られたのはこの町らしくて、警察に届けはあったらしいの。でも、その後、すぐに名古屋に行って、大阪に行こうとしていたところをひき逃げされたって。盗難車で」
「何で大阪に行こうとしていたってわかるの?」
「新幹線の切符、持ってたから。それでね、その男の人、カナダ人なんだって」
「そう」
二人が一斉にこちらを睨む。
「ね、そのリアクションはないんじゃない?」
「日本人じゃないってとこでは、ええっ、とか言わないと」
「……って言うか、死んでるって聞いた段階で、何で? ってふんわり尋ねるのもどうかな」
萌はスープを飲む手を止めた。
「……ごめん」
百合子と同じような突っ込みをされるということは、萌は万人にとって変な挙動をしているのだろう。
「謝ることないんだけど、神尾さんって何かおもしろいね」
恵那も最後のご飯を食べ終わってから、じっとこちらを見る。
「こんなに可愛いのに、何でそんな変な性格なの?」
「……可愛くないし、性格も変じゃないし」
萌が言いかけたとき、何となく恵那と田島の顔つきが変わったので、その視線の先である後ろを振り向く。
(……あ)
どうしてか由美がこちらを睨んでいる。
(げっ)
慌てて再び正面を向くと、今度はあっかんべえをしている田島が見えたので再び驚く。
「た、田島さん……」
「ああ、美津紀でいいから」
「って言うか、その小学生みたいな行動は、一体……」
田島だって十分変人だと思う。
「由美があんたと喋ってるのが気にくわないって顔してるから、ちょっと挨拶」
「……挨拶?」
「そんな顔で睨んだって、怖くないよって」
「あ、ごめん」
「だからあ、謝る必要ないんだって。悪いのはあっち」
良いとか悪いとかではなく、今となっては独りで過ごすのは案外気楽だったようにも思う。
誰にも時間を取られずに、思うまま勝手に行動できたのだから。
(……疲れた)
何だか昨日からずっとそんな風に思っている。
(……でも)
どうして百合子や高津、それに伊東だと、そんなに疲労を感じないのか。
百合子や高津はまだわかる。
一緒に過ごした時間が長い。
百合子は小学校からずっと一緒であり、萌が普通でないとわかる前からのつきあいなので、気兼ねがなかった。
高津にしても、少なくとも半年以上は共に寝起きした仲であり、加えて萌が変だということを知った上で普通に接してくれている。
(……って言うか、圭ちゃんもある意味変だし)
敵と味方の見分けがついて、しかも未来を予知できるなんて絶対普通じゃない。
では伊東はどうだろうか。
彼はいたってノーマルだ。
(……あたしを変、だとは思ってるようだけど)
変だということを特別なことだとは思っていない感じが楽なのだろうか。
(……それだけじゃない)
言うなれば彼は仕事仲間だ。
めまぐるしく変わる中身のふわふわした会話ではなく、萌が知りたいこと、考えていることを一筋にぶつけ合える。
だからなのか?……




