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まどろみ  作者: 中島 遼
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ジギタリス2

 小金井は村山を試し、そしてどれが一番効果的に響くかを確認しているのだろう。

 ならばここでは村山がやくざを怖がっている風に見せるのが一番無難だ。

 そうすれば彼はこの町の暴力団について調べを続け、脅す方向をそちらに絞るはずだ。

「……やめてください」

「何を?」

「暴力団を引っかき回すことです」

 小金井は目尻にしわを寄せる。

「なるほど、暴力がよほどきつかったのだろうな。もう二度とやられたくないと思うほど」

 村山は相手を睨んだ。

「俺に何をしろと?」

「なに、簡単なことだ。脳や知能を調べ、お前の異常さを浮き彫りにする」

 どうしてか身体が震えた。

「……俺は人です」

「いいや、違うね」

 小金井は笑った。

「足の指を見せてみろ」

「え?」

「入院したときには、右足の三本の爪が剥がされていた。それが今や跡形もないほど綺麗に完治している」

 村山は唾を飲み込む。

 小金井が過去、シャワー室に入って来たのは、そういうことを確認するためだったのか。

「治療が適切だったからです」

「とにかく、普通じゃないことがあまりに多い。それを俺は研究したい」

「たいした論文は書けないと思いますよ」

「俺を誰だと思っている?」

 相手は村山のみぞおちにげんこつを投げ入れる。

 反射的に後ろに避けると、小金井は嬉しそうな顔をした。

「脳波だけでなく筋電図検査もオーダーしなきゃならないな」

 もう一発来たのを今度は避けないでいると、まともにみぞおちに入ったので瞬時息ができなくなる。

「どうだ、今からCT室へ一緒に行こうか?」

 村山は顔を上げて相手を睨む。

「CT撮ったところで、何がわかるもんでもないでしょう?」

「やってみなければわからない」

 と、彼が口を開こうとした時だった。

 ピッチが鳴ったのでとりあえず取る。

「明石だ。今から十五分後に転落事故の重傷者と急性腹症の患者が別々に搬送されて来る。くも膜下出血(SAH)急性冠症候群(ACS)の急患は他科に引き渡したがそれでも手が足りない」

 どちらも一刻を争う。

 要するにてんてこ舞いだから手伝って欲しいという意味だ。

「すぐ行きます」

 村山はピッチを切り、小金井を見る。

「救急に呼ばれましたので行ってきます」

「俺も行くよ……どこまでも一緒にな」

 逃げられずに、村山は黙って小金井と部屋を出る。

(……筋電図、か)

 正直、頭部のCTよりも、こちらの方が嫌だった。

 エレベータ-で降りながらも、ひどく憂鬱な気分になる。

「済まないな、二人とも来てくれたのか」

 明石は早速彼らに指示をした。

 急患は幸い小金井が虫垂炎を、明石が内臓破裂の患者の処置をすることになったので、村山は溜まっていた外来患者のうち、明らかにハイリスクの患者を優先的に診察する。

「あの、村山先生……」

 救急当番の眼科の若い医師がしばしば彼の元にやってきた。

「……ク、クレアチニンとBUNがすごい値で、両下肢に浮腫があるんです!」

 カリウムが正常であることを確認して村山は尋ねる。

「腹部エコーは?」

「え? エコー?」

 相手はじっと村山を見つめる。

「あの、やった方がいいなら、できたら立ち会って頂けませんか?」

 その医師は救急に不慣れなのか、見ていて危なっかしかったので、時々助言や手出しをしながらとにかく数をこなす。

 小金井がいるならと明石がこっちを村山に頼んだのはそれもあったかもしれない。

「村山、ご苦労さん。助かった」

 相当の時間が過ぎ、明石が彼の肩に手を置いた頃、それでもまだ待合室には人がいた。

「ここまでやったんだから、最後まで手伝いますよ?」

「いや、十分だ。明日もあることだから、今日は帰れ」

「はい」

 素直に頭を下げたのは、小金井が出てくる前に帰りたいと思ったからだ。

「お先に失礼します」

 病院を出ると、再び心が千々に乱れた。

(……どうしようか)

 たまたま、今日は車で来ていた。

 少し、動かしてやらなければと思ったからだ。

(ちょうどいい)

 気分を鎮めるために、彼は駐車場に入り車に座った。

 そうして、いつものように手袋をはめる。

 北の山は三十分ぐらい走るには手頃だったが、今日は岩岳に向かう。

 因縁はあったが岩岳の道路自体は好きだ。

 あまり対向車もなく、自由にカーブを攻められるのも魅力だった。

 変わらない道筋をシーケンス通りに車を操っていると、普段なら走りだけに没頭できるのだが、

(くそっ)

 雑念が邪魔して、今日は今ひとつ車との一体感が得られない。

 何度も頂上まで上り下りを繰り返し、ふと気づけば二時間ほど経っていた。

「……ふう」

 突然、喉の渇きを覚えた村山は、頂上の駐車場に車を止めた。

 そして、自動販売機に小銭を入れてコーヒーを買う。

 数歩歩くと、一メートルほどの高さの木の欄干があり、その向こうに町の明かりがわずかに見えた。

 都会とは違って、この時間には外灯以外の明かりはほとんど見られない。

 その代わりに、降るような星が全天を覆っている。

 いつもこの季節は何となく霞みがかっているのに珍しいことだった。


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