田島3
結局、駅前の交番に行き、鞄を届け終わった時には、午後の授業は既に始まり、残すところはあと三十分となっていた。
(……疲れた)
長いこと予備校で他人と話をしていなかったこともあり、疲労は半端ない。
萌は次の授業が終わると同時に、速攻で帰ろうと試みた。
取れない指輪が歯がゆい。早く家に帰って洗剤か何かで滑らせて取りたかった。だが、
「ちょっと、神尾さん」
田島の声に振り向くと、今度は別の女子と一緒に彼女は立っている。
「は、はい」
二人は萌の両脇に立ち、まるで連行するように歩き出す。
同じクラスにいたような気がする男子の集団が、物珍しいものをみるようにこっちを見ているのがとても嫌だ。
「あのね、こっちは恵那、私と同じ高校」
全然、そういうのを気にすることなしに、田島は萌に笑いかける。
「そう言えば、田島さんはどこの高校だっけ」
「南山。言ってなかったっけ」
南山高校は、東の川を渡った向こうの町にある。
「でも、そんなことはどうでもいいの。大事なのはこれからよ」
「……はあ」
恵那と呼ばれた少女が一緒になって頷く。
彼女は田島と逆に、色が黒くて細い。
ショートカットなのでマラソン選手のように見える。
「美津紀と話してて、本当に反省したの。ごめんね、ずっとボッチにしてて」
「え、いや、あの……」
「こないだ、由美が神尾さんの友達の男の子、三流大学って言って笑ったでしょ?」
萌が黙って相手を見ると、恵那は頷いた。
「あれでもう、駄目かなって」
「駄目って何が?」
「もちろん、由美との仲よ」
恵那は沈痛な面持ちをした。
「私の彼氏も三流大学だから……なんだか、ね」
田島が大げさに見えるほど大きく首を振る。
「そんなの、関係ないって。どこから一流とかもわかんないんだから」
そろそろ駅前のバス停の辺りに来たので、萌は立ち止まりたかったが、二人がずんずん歩くので、仕方なしに歩を合わせた。
「まあ、そりゃ、将来、絶対どっかの省庁の事務次官になる、とか、最高裁の判事になるとかはこの辺りの私立では無理かもしれないけど、それが人生全てでもないし。」
萌は小さく頷く。
とても頭が良かったせいで、血を見るのが嫌いなのに医者にさせられた人もいる。
「何が幸せかはわかんないもんね」
萌の言葉に田島が頷くと、恵那は肩をすくめる。
「偏差値高い美津紀に言われたくない」
「そんなことない、こないだの模試はたまたま……」
ふと見ると、バスがバス停に入ってきている。
「あ!」
萌は慌てた。
「どうしたの?」
「あの、バスが来たから、それで……」
田島が不服そうな顔をする。
「せっかくだから、どっかでお茶しようよ」
「そうよ、三人せっかく出会ったんだから」
萌は困った。
最近、他人と接触していないので、あまり長い時間は耐えられそうにない。
(……少しずつリハビリしないと)
萌は二人に頭を下げる。
「ごめんね、今日、お母さんに晩ご飯作るように頼まれてて、それしないと欠食児童の妹が飢えてうるさくて……」
もちろん嘘だ。母が遅くなるのは間違いないが、夕食は妙が作ってくれる。
「そういうことならしょうがないね」
田島はうんうんと頷く。
「じゃ、明日でいいよ」
断る時間もタイミングもなかった。
「ほんと、ごめん。じゃ、また明日」
「ばいばい」
手を振りながらバスに走り込む。
椅子に座った途端に疲労が頭から落ちてきた。
(……せっかく独りに慣れたのに)
気遣わしい毎日が待っていると思うと、ぜいたくなのだろうが少しうんざりする。
萌は小さくため息をついた。




