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まどろみ  作者: 中島 遼
27/89

田島2

「そっか。じゃあ、やっぱり由美の言ってたこと、でたらめか」

 由美の言ってたことが不明なために言及できず、萌は口を半開きにしたまま黙り込む。

「もう、神尾さんて調子外れ」

「は?」

「そこは、由美の言ってたことって何? とか、やっぱりそうなのね、とか言うことあるでしょ」

「え、……あ、ごめん」

 相手は何故か笑い出した。

「とにかく、私が言いたかったのはそこ。伊東君と高津君の二股かけてたってのが嘘だったんでしょってことよ」

「ふ、ふ、二股?」

 あの二人と?

「いいのよ、何も言わなくったって。見たら違うってわかるし」

 田島は腰に手を当てた。

「由美はちょっと大げさって言うか、時々嘘をつくことあるから」

「……はあ」

 ということは、その噂を流したのは由美か?

「はあって何よ、そんなの言われてたの知らなかったんでしょ? 何とも思わないの? 腹とか立たないの?」

「いや、その……」

 こういうときに頭の回らない自分にこそ腹が立つ。

「神尾さん、ずっとハミられてたのよ、辛かったんじゃないの?」

 ハミるとはどういう言葉だろうか。

 文の流れからすると、無視される仲間はずれにされるとかそういう意味だろうとは思う。

「別に……」

 田島は次々に質問してくるのでたちが悪い。百合子のように、ぽんぽん話はするが萌に同意を求めないタイプは楽なのだが……

「平気なの?」

 萌は曖昧に笑った。

「あたし、知らない人と喋れないから、むしろ一人にしてくれて助かったっていうか、感謝してるっていうか……」

「ふうん」

 相手はじろじろと萌を眺め、そしてまた笑った。

「神尾さん、いい子ね」

 同級生に言う言葉ではないだろうと思って何か言い返そうと考え込んだとき、田島は不意に真面目そうな顔になった。

「私が神尾さんに声をかけたのはね、由美の悪口を聞きだそうと思ったからよ」

「え!」

「それで悪口が聞けたら、あのグループから抜けようって思ってたの」

 少し萌はほっとした。

 自分のせいでそんなことになったら、萌に責任はなくとも後味が悪い。

「それじゃね」

 萌はにこにこと笑い、相手に手を振った。

 これで解放されると思ったのだ。

「え、今からどこに行くの?」

「お昼ご飯を食べようかと」

「学食じゃなしに?」

 あんなところで食べると窒息するという言葉を飲み込む。

「天気もいいし、コンビニでパン買って、ベンチで食べようかなって」

「じゃ、あたしもそうする」

 口をあんぐりあけた萌を、田島は引っ張った。

 そうして萌がポイントカードを持っていない方のコンビニに入る。

 仕方なくそこでおにぎりとサンドイッチ、それにコーヒー牛乳を買って外に出た。

「そこの公園でいいよね」

 有無を言う暇はなかったが質問されるよりはましだったので、萌は従順に後をついていく。

 昼ご飯の間も、田島はひっきりなしに喋り、そして萌を質問攻めにした。

「ね、高津君も普通に友達?」

「うん」

「神尾さん、彼氏はいないの?」

「うん」

「なんでよっ、そんなに可愛いのに」

「ひょっ?」

 もの凄く扱いにくい相手だ。

(……でも)

 由美みたいに、相手の言いたいことがこっちにうまく伝わってこないような、そういうもどかしさはない。

 ただ、ひたすら面倒くさいだけだ。

(女版、藤田……みたいな?)

 何とかしのぎきる事を祈りつつ、ようやく相手の顔や体型についてじっくり見るだけの余裕ができたので、萌はしばし観察する。

 ややふっくらした体型と色白で丸い顔。

 これで眼を細めた時にしわができれば、村山の趣味にどんぴしゃだったかも……

「ね、見て見て」

 ようやく食事が終わり、ようやく解放されるかと思った矢先、田島はゴミ箱を指さした。

「あれって、結構上等の鞄じゃない?」

 ゴミ箱は円柱形で金網タイプの古いものだ。

 蓋はないので、ベンチに座っていても中身が見えた。

「うん」

 黒い男性用のビジネスバッグだ。

「ああ言うのって、案外盗まれて中身だけ抜かれてっていうのが多いのよ」

 いきなり立ち上がった田島はゴミ箱の側に行くと、くだんのバッグを持ちあげた。

(……?)

 と、何かが萌の方にころころと転がってきた。

 金とも銀ともつかないそれは、カーテンレールのようにも見える。

 萌は何となくそれを拾った。

 軽いので金属ではないような気はする。だが、プラスチックほど安っぽくもない。

「ねえ」

 萌は田島の側に行く。

「これ、そっちから転がってきたよ」

 田島はちらりと萌の手にあるそれを一瞥したが、軽く肩をすくめた。

「多分、キャラメルのおまけよ」

「そうかな?」

「そうよ。いらないから、ゴミ箱に捨てたって感じが濃厚」

 田島は笑ってそれを取り上げると、いきなり萌の右手の薬指にはめた。

「ほら、お子様用のマリッジリング!」

「わっ……」

 慌てて萌はそれを外そうとしたが、どうしてか取れない。

(ま、まず……)

 しかし田島は萌にお構いなしに鞄をさぐっている。

「やっぱり盗品よ。財布が入ってるけどお金、ないもん」

 彼女はこちらを振り向いた。

「行くわよ」

「え、どこに?」

「そんなの、交番に決まってるじゃない。財布以外の書類とかそのまんまだし、多分、持ち主の人、困ってるだろうから」

 指からリングを外そうとやっきになっていた萌は、慌てて田島を見上げる。

 彼女の言ってることは間違いない。

 だが、あまりにスピーディすぎて展開についていけない。

「うちのお父さんも、酔っ払って鞄なくして帰って来たとき、警察からゴミ箱に落ちてたって届けがあったの。財布はなかったけど、それでも一応喜んでたよ」

「そうなんだ」

 仕方なく萌は田島の後を追った。


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